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引用:

 種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。
  ――国際人権規約B規約,第二七条

1.マイノリティに属する人々は、個人として、また当該集団の他の成員たちと共同して、いかなる差別もなしに、この宣言が定める権利を含めた、その諸権利を行使することができる。
2.マイノリティに属するいかなる人物も、この宣言が定める権利を行使することによって、あるいは行使しないことによって、不利益を受けることがあってはならない。
  ――マイノリティの権利宣言,第三条

 水俣病患者は病気のせいで差別されると思っていた。ところが、世界の公害現場を歩くうちに、弱者に対する差別のあるところに公害というしわ寄せが来ると分かった。原発も都会で使う電気が地方でつくられ、廃棄物まで押しつけられる。事故を機に研究や教育のあり方を問い直すべきだ。大学や学会は何なのか。さらに言えば、学会や専門家を容認してきた国民は何なのかということにもつながる。
  ―― 原田正純,毎日新聞朝刊,2011年12月3日

 原子力の問題というのは、単なる「テクニカルな問題」ではないのです。憲法9条の理念や、「私たちがどうやって生きていく」「どうやってこの国を作っていくか」という、非常に根本的な問題ともリンクしている。私は、「原子力の問題は差別の問題だ」と言ってきた。憲法9条を形作っている問題意識の土台も、 たぶんそうだと思っています。

 根源的には、差別の問題だと思っています。そして、差別の問題は、みなさん一人ひとりの身のまわりにも、そこらじゅうにあるはずです。その差別にまつわるひとつひとつ問題にみなさんが取り組んでくれるなら、それは私がいま闘っている原子力の問題と、必ず通底していると思います。そしてもし、「差別の問題」 を超えることができるなら、原子力は必然的になくなるはずです。
  ――小出裕章『原発と憲法9条

 私は沖縄国体少年ソフトボール競技の開会式において、日の丸を引きおろして焼きすてた。この私の行為は全国に大きな反響を呼び、この「事件」の裁判は歴史的な「日の丸裁判」として、現在那覇地裁で争われている。右翼は読谷に押しかけ、あらゆる反動がやってきた。

 だが、私がこの日の丸を焼いたことは、正しいことだったと思う。その思いは右翼からどんなに攻撃されようとも、というより攻撃されればされるだけ強くなるのだった。もっとも、たかだか三千五百円の布切れ一枚を焼いたことが、これほどの反動を呼ぶとは私も予想だにしなかったが。またそれほどの「魔力」がこの旗、日の丸に潜んでいることも。
  ――知花昌一『焼きすてられた日の丸――基地の島・沖縄読谷から

 今こそウォール街の占拠を拡張し、多様化するときである。もし、これが真に九九%のための運動であるのなら、それはニューヨーク市の残りの部分を必要とし、アメリカの残りの部分を必要としている。

 有色人作業部会は、人種的意識を持ち、包摂的な運動を築くために結成された。私たちは、移民、無届滞在者、低賃金労働者、囚人、有色人のLGBTQ、ムスリムのような周縁化された宗教的共同体、先住民を含む有色人の諸共同体に対して働きかけている。それらの人々にとって、この占拠は皮肉なことに、もう一つの負担となっており、ゆえに、この運動は非植民地化されなければならない。

 しかし、この運動はリバティ広場という空間に限られたものではない。あなた方の助力があれば、この運動は万人に対して開かれたものとなるだろう。

 そうでなければ、この運動は成功しないだろう。権力と特権の力学を無視することによって、この記念碑的な社会運動は、それが抹殺しようとしている不公平の構造そのものを複製する危険を冒すことになる。
  ――ライターズ・フォー・ザ・99%『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語




# by BeneVerba | 2013-07-02 08:01 | Trackback | Comments(0)
“民衆は政府の崩壊を望んでいる!”
――アラブの春,エジプト,2011年

“この体制を私たちが変えていこう!”
――バルセロナ,スペイン,2011年5月15日

“その夜何かが起きているのに気づきました。自転車に乗ると自分にこう言いました。いったい何が起きているのか、とにかく行って確かめよう”

“まるで魔法のようでした。このような何かを求めていたのです”

“私がずっと残念で仕方がなかったのは、民衆の声に耳を傾けさせる道が、この国になかったことです”

“私がここに来た理由は、自分を表現する必要があったからです。今では自由に呼吸できるし、参加者の一人になったと感じています”

“民主主義を信じないのではありません。もちろん信じていますとも。ですが、私たちの民主主義は病んでいるのです。フランコ独裁時代から、多くを引き継いでしまっています”

“三世代が幼児期からこういう風に慣らされています。「何もするな。意見を述べるな。何かする時は見られないようにしろ」。こうしたことの全てを終わらせなければなりません”

“人々が抗議するのは良いことだと思います。家の中にいるだけでは、誰からも気に留めてもらえません。これも体制のあり方に対して不平を表明する一つのやり方です”

“市の中心にある広場を占拠できたのは、素晴らしいことでした。広場はカタルーニャを象徴する場所だったからです”

“代表制民主主義があるとはいえ、やがて私たちが気づいたのは、政治家に公の富を任せていても公正な社会にはならないことです”

“豊かな社会では、財源に限りがあると信じ込まされますが、真実ではありません。富ならばあります。社会のごく一部の手にあるだけです”

“誰もが予算削減を受け入れていますが、それは医療、教育、文化を商品と見なしているからです”

“ある経済システムが確立してしまっていて、投票ではそれを変えられません”

“独裁政権が終わった後、最高所得税率は63%でした。なぜそれが今は、43%なのでしょうか?その20%は、上流階級への贈り物なのです”

“私たちは反体制じゃない/体制が反民衆なんだ”

“私はあそこにいましたが、提案なら山ほどあったと断言できます。問題は、それらの提案が、人々の耳に届いていなかったことです”

“15Mの集会に参加すれば、多くの提案があることだけでなく、それらが政治家の提案よりも深く民主的なものだと気づくでしょう”

“政党が移民を犯罪者扱いする卑劣で馬鹿げたキャンペーンを行ってます。危機のスケープゴートにしようとしているのです。移民の権利のために、私たちは活動しています”

“私たちみんなが移民だ!”

“この委員会は、金融システムに対する規制を、強化することを提案しています。とりわけ投機的な金融取引に対する課税による規制です”

“占拠期間中に転換点となる出来事がありました。警察による強制排除の試みです”

“警察は非暴力を目的とする組織ではありません。5月27日にそれが明らかとなりました”

“あそこに漂っていた雰囲気は、言葉になりません。何とも言えない感覚で……。私が覚えているのは、警察に襲撃されたと感じた人々が、自分たちのものを取り返したということです。広場はみんなのものだったのです”

“民衆の勝利”

“団結した民衆は決して敗れない!”

“私と同世代の人々もいました。きっとこの運動は、前進してゆくことでしょう”

“1968年、私たちは多くの闘争を行い、何度も警棒で弾圧されました。今の若者たちは眠っていました。そう、かれらは眠っていたのです”

“かれらはイメージが傷つくことを恐れて警官隊を派遣したがりません。権力が本当に望んでいるのは、人々が自己検閲することです”

“この予算案は民衆のためのものではありません。銀行家、政治家、富裕層といった支配階級のためのものです”

“今日、週40時間労働制や公的な医療や教育があるのは、私たちの父母や祖父母が街頭で闘ってきたからなのです。そして、今や私たちが街頭へと繰り出す時がやって来たのです”

“止めろ!止めろ!議会を止めろ!”

“革命中につき議会はお休みさせていただきます”

“鳥肌が立つほどぞくぞくする!”

“実際に起きていたことと、報道にはとても大きな差がありました。広場の攻防の後、権力側はメディアを用いた戦略を始めます。この運動を、犯罪であるかのように見せかけようとしたのです”

“かれらにとっては、議会だけが政治を行える唯一の場所です。だから結集した民衆を襲撃だと見なしたのです”

“私たちは、軋轢を生み出している原因に、対処しようとしていません。やがて軋轢が暴力に発展すると、何もないところから暴力が生まれたかのように見なされるのです”

“暴力の問題に取り組む際には、私たちが資本主義社会の中に生きていることを、考慮すべきです。それは、はるかに多くの暴力を伴った、社会経済的なシステムなのです”

“民主主義は四年ごとの投票ではない!”

“「現在のシステムのみが唯一可能なものだ」と思い込んでいる人々との衝突です。かれらは、他にオルタナティヴがあるのか疑ったりしないのです”

“象徴的な存在だったテント都市が、次第に実際の都市になりました。そして、実際の都市のように様々な現実の諍いが生じました”

“歴史的に見て、民衆は広場や街頭でお互いを見いだしてきました。市当局がベンチを撤去してしまったので、今では人々が出会う機会がありません。新自由主義も市の開発計画に悪い影響を与えました”

“私たちには主張があり、決意がありました。自分たち自身でやりたかったのです。誰かがやるのを待つのではなく”



コメント:
 バルセロナでの15M運動を記録したドキュメンタリー『目覚めゆく広場』より、台詞やブラカードの文句などの言葉を(スナップショットとともに)集めてみた。言葉の選択においては、文言は変えなかったが、引用に相応しい形式にした。また、全てを視たかのような気持ちにならないように配慮した。つまり、本当の名台詞は省いた。未見の方は(あるいは一度見た方であっても)、ご視聴をお願いする。





# by BeneVerba | 2013-06-24 14:58 | 動画 | Trackback | Comments(0)
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 なお、アフィリエイトを導入するに至った経緯については、以前のブログ記事「寄付のお願い及び大月書店との係争について」をお読みください。






















# by BeneVerba | 2013-04-23 01:35 | お知らせ | Trackback | Comments(1)
マーガレット・サッチャーの死去に寄せて
Reaction to The Death of Margaret Thatcher by Ken Loach
2012年04月09日 - ケン・ローチ
原文:http://www.guardian.co.uk/politics/blog/2013/apr/08/miliband-clegg-local-elections-cameron-madrid

 マーガレット・サッチャーは、現代において、もっとも分断と破壊を引き起こした首相でした。

 大規模な失業、工場群の閉鎖、破壊された地域社会などが、彼女の残した遺産です。彼女は闘士でしたが、その敵はイギリスの労働者階級でした。彼女は、政治的に腐敗した労働党の指導者たちや、多くの労働組合の幹部たちに助けられて、勝利を得ました。今日、私たちが置かれている悲惨な状態は、彼女が始めた政策によるものです。

 その他の首相たち――とりわけトニー・ブレア――は、彼女が歩いた道のりをたどりました。彼女こそが主犯であり、彼は模倣犯だったのです。

 彼女が、マンデラをテロリストと呼び、虐待者であり殺人者であるピノチェトを、お茶に招いていたことを思い起こしてください。

 私たちは、どのように彼女を弔うべきなのでしょうか?彼女の葬儀を民営化しましょう。競争入札にかけて、最安値を提示した業者に落札させるのです。きっと彼女も、それを望んでいたことでしょう。






# by BeneVerba | 2013-04-11 07:44 | 翻訳 | Trackback | Comments(2)
 私は、『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語』の翻訳者として起用される以前から、インターネットで寄付を募ることを考えていました。稼ぐためにではなく、インターネットでの翻訳活動を自律したものとして維持するためにです。外国語で書かれた記事を翻訳することは、その記事を読むのに比べて、はるかに多くの時間がかかります。さっと読めるような記事でさえ、いざ日本語に訳してみると結構手間がかかるものです。自分の生活から、翻訳に必要な時間と労力を割いてもよい、と思えるだけの何かが必要でした。

 二〇一一年の一〇月から一一月にかけて、「ウォール街を占拠せよ(OWS)」運動がもっとも慌ただしい展開を見せていた頃に、この運動に関連する文書を立て続けに翻訳しながら、感じていたことが、いくつかありました。そのうちの一つは、この先もこの動きに付き合っていくことになるのだろうということ。もう一つは、翻訳活動が明らかに実生活を犠牲にしているということでした。

 その当時に、ブログなどで書いたりしませんでしたが、翻訳に時間を取られるあまりに、いくつかの大切な案件をしくじっていました。それにまたインターネットで翻訳を公開することには、いくつかの危険も伴っていました。

 人々と共有したいと思う文書を翻訳し公開するのに、インターネットは非常に適したメディアだと思います。しかし、いくらインターネットで広く読まれた翻訳であっても、後で活字による翻訳が現れると、そちらの方が「正典」と見なされかねません。

 また、私が既に翻訳を発表している文書を、他の誰かが別に訳すことになった際に、その人が私の翻訳をこっそり参照しつつ、そのことには言及しなかったとしても、それを防ぐ手だてはありません。以前に、中野真紀子氏がオンラインで発表していた翻訳を、早尾貴紀氏が剽窃したとして、中野氏が抗議したことがありました。インターネットで翻訳を公開することには、無報酬かつ無記名の下訳係として利用される危険性が付きものなのです。

 上述のような理由ゆえに、その後『はじまりの物語』を翻訳することになったのは、喜ばしいことでした。時々翻訳書を出せるのなら、インターネットで世界の社会運動を紹介するという私の仕事を、側面から支えるものになるだろう、と考えたのです。それに加え、『はじまりの物語』を翻訳する中で、OWSについて、また二〇一一年に起きた地球規模の運動について、知見を深めることもできました。


 しかし、やがて暗転がやって来ます。

 『はじまりの物語』の出版後に、次に翻訳する本をどうするかについて、大月書店との間でやりとりがありました。それは友好的かつ前向きなもので、その際に翻訳の候補として数冊の書籍が挙げられていました。しかし、私が、脱原発運動における日の丸の容認などを批判していることについて、大月書店側は否定的な態度を取り始めました。

 大月書店が『はじまりの物語』の翻訳を打診してきたのは、二〇一二年の初頭ですので、私が、それ以前に、ブログなどでそうした傾向を批判してきたことを知っていたはずです。にもかかわらず、最終的には、ある一冊の本の翻訳者として起用することを断られました。

 私が、脱原発運動における日の丸の容認や右翼との共闘に反対するのは、思想的な理由だけに基づくものではありません。もう一つの理由としては、私が韓国籍だった祖父(故人)を持つ日本国籍者として生まれたことが挙げられます。そして、大月書店側には、その両方の理由を伝えていました。私にとって、日の丸は、私のような人々を殺し、犯し、虐げ、支配してきた(そして、今もそうしている)旗です。

 私は、そうした理由に基づき、脱原発運動の中の日の丸は全く容認できないし、批判を控えることはできないと伝えました。ですが、大月書店は私の首都圏反原発連合などへの「罵倒」を問題にし、「出版はビジネス」だとして、先に述べた書籍の翻訳者として私を起用することを拒否したのです。

 日本も批准している「国際人権規約B規約」は、その第二七条において、マイノリティの権利を定めています。また、一九九二年に国連で採択された「マイノリティの権利宣言」では、より全面的にマイノリティの権利が謳われています(日本政府による朝鮮学校の無償化からの適用除外や、今まさに各地方自治体に広がりつつある、朝鮮学校への補助金打ち切りといった差別政策は、こうした権利を侵害するものです)。
国際人権規約B規約
第二七条
 種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。

マイノリティの権利宣言
第四条
 マイノリティに属する人々は、個人として、また当該集団の他の成員たちと共同して、いかなる差別もなしに、この宣言に定める権利を含めた、その諸権利を行使することができる。

 マイノリティの権利は保障されており、民族的なアイデンティティを持つことは人権の一つです。私は、国籍としては日本国籍ですが、自分の中にある朝鮮半島とのつながりも、とても大切なものです。

 私は、脱原発運動に携わりつつ、日の丸の容認などの誤った動きに反対してきました。私が、脱原発デモなどに出かける時には、崖から飛び降りるような決意を必要とします。なぜなら、そうした抗議の現場に行くと、必ずと言っていいほど日の丸があり、ほとんど全ての人がそれを容認してしまっているからです。

 脱原発運動における日の丸や右翼を容認することは、「朝鮮人や中国人といったマイノリティよりも、日の丸や右翼の方が大切だ」と宣言しているのに等しいのです。そのような脱原発運動は、解放の場ではなく抑圧の場となっており、言いたいことを言う場であるよりも、はるかに言いたいことが言えない場になっています。現在の脱原発運動は、根深い日本人中心主義に陥っています。

 脱原発デモを妨害するために、在特会や右翼がやって来ますが、デモの中にも日の丸が掲げられるなら、私の居場所はどこにもなくなります。私にとっては、どちらも恐怖の対象ですが、脱原発運動の中に日の丸があることは、後ろから撃たれるようなものです。

 私が、こうして自分のプライバシーの一部(もちろん一部に過ぎません)を、状況に強いられつつも、明らかにすることを決めたのは、私のものであれ、誰のものであれ、マイノリティとしてのアイデンティティを社会が受け入れることは、当たり前のことだと考えるからです。しかし、日本社会は、全くのところ、多様なエスニシティを持った人々や、その他のマイノリティたちが社会の中に存在することを認めていません。そうであるならば、変わらなければならないのは私や私たちではなく、日本社会の方です。そして、私はそれを変えようとしているのです。

 大月書店に対しては、加入している労働組合を通じて、昨年から団体交渉を要求していますが、まだ団交は行われていません。私は、この争議は契約関係を争うのみならず、自らの命と尊厳を賭けた闘いだと認識しています。

 それにまた、この闘いは、現在の日本のファシズム状況との闘いでもあると考えています。非常事態を理由として、脱原発以外の重大な問題が棚上げされてしまい、その脱原発運動においても日の丸や右翼が跋扈し、これまで社会運動を担ってきた側も、それを受け入れてしまっているという状況です。私は、こうした傾向を「下からのショック・ドクトリン」とか「自発的なショック・ドクトリン」と呼んでいます。したがって、私が告発しているのは、大月書店だけではありません。

 寄付を募る目的は、冒頭に述べたように、翻訳活動を持続的に続けてゆける状態を維持することです。しかしながら、もし、みなさんが、寄付という形で私を支援してくれるのなら、翻訳を通して、インターネットで世界の社会運動を紹介していくという活動に対してのみならず、大月書店との争議に対しても、大きな支援となります。

 私の活動を支援していただけるのなら、寄付のご検討をよろしくお願いいたします。


▼ 寄付の方法と寄付に対する考えなど

 寄付には二つの方法があります。一つは郵便振替による寄付、もう一つはChari-boという募金代行サービスを使った寄付です。しかし、Chari-boは「システム利用料」として、「最大で20%」をさっ引くとのことなので、郵便振替口座への寄付の方を強くお勧めします。

 寄付は、個別の翻訳ないしは文章ではなく、私の翻訳活動、著述活動の全体に対して寄付されるものとします。また、寄付の際にお寄せいただいた意見があれば、それらを参考にいたしますが、何を翻訳し、何を書くかという判断は私にあるものとします。また、寄付者からお寄せいただいた意見は平等なものと見なし、寄付金の多寡によって、軽重を計ることはしないものとします。

 また、アマゾン・ドット・コム社のアフィリエイトを、導入することにしました。導入については迷いもありましたが、アフィリエイトを採用する側が、商品を選べることなどを考慮して決めました。書籍を購入する際に、利用していただけると助かります。他には、もちろん『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語』を購入することも、私への助けとなります。


▼ 郵便振替
口座名義:芦原省一
口座記号:01710-5-72665

店名:一七九
預金種目:当座
口座番号:0072665
*ゆうちょ銀行以外から振り込む場合

▼ Chari-bo
*Chari-boを使った募金の詳細については、Chari-boのサイトをご覧ください。募金するには下の画像をクリックするか、またはこのリンクからどうぞ。






# by BeneVerba | 2013-03-31 21:37 | お知らせ | Trackback(1) | Comments(5)
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