翻訳:スラヴォイ・ジジェク - 西側地区の静かな切り取りは、不毛な平和への不明瞭な祈りを生み出す
西側地区の静かな切り取りは、不毛な平和への不明瞭な祈りを生み出す
Quiet slicing of the West Bank makes abstract prayers for peace obscene
2009年08月18日 - スラヴォイ・ジジェク
原文:http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/aug/18/west-bank-israel-settlers-palestinians


 2009年8月2日、アラブの隣国の一部である東エルサレムのシェイフヤラ(Sheikh Jarrah)に非常線を張った後、イスラエルの警察は、二組のパレスチナ人家族(50名以上に及ぶ)を彼らの家から立ち退かせた。ユダヤ人植民者たちは即座に空き家となった家々に引っ越した。イスラエルの警察は彼らの国の最高裁の判決を引用したが、立ち退かされたアラブ人家族たちは50年以上もそこで暮らしていたのだ。この出来事――例外的というより、世界のメディアの注目を集めなかっただけの――は、そのほとんどが無視されている進行中のもっと長い過程の一部なのだ。

 5ヵ月前の3月1日に、イスラエル政府が、7万軒以上の新規住宅を、占領されたヨルダン川西側地区のユダヤ人入植地に建築する計画の草案を、作成したと報じられた。もし実行されれば、この計画はパレスチナのテロリストにおける居留者の数を、30万人にまで増やすだろう。こうした移動は、パレスチナ国家樹立の可能性を徐々にかつ深刻に阻害しているというだけでなく、パレスチナ人の日常生活の妨げとなるだろう。

 政府の報道官はその報告をはねつけて、その計画は限られた関連性しか持たない――入植地への住宅の建設は、国防省と首相の認可を必要とするから――と主張した。とはいえ、1万5千人が既に完全な認可を得ており、どんな将来の和平交渉においても、イスラエルが維持することを期待できない入植地に、申し込み中の2万の家屋が存在している。

 結論は明白だ。2つの国家という解決策に対してリップサーヴィスを振りまく一方で、イスラエルはそのような解決を実際上不可能にする状況を築くことに熱心なのだ。イスラエルの計画に潜む目的は、植民者たちの街とパレスチナ人の街に隔てる、ヨルダン川西側地区の丘の近くの壁によって、覆い隠されているのだ。イスラエル側の壁は、壁の向こうまで田舎の風景の絵が描かれている――ただし、パレスチナの街を除き。自然を、草むらを、木々を生き生きと描いているのにもかかわらず。これは最も純粋な民族浄化――壁の向こうの外を空白と想い描き、未開の、植民されることを待っている土地と想い描くことによる――なのだろうか?

 政府の7万軒計画が持ち上がったまさにその日に、ヒラリー・クリントンはガザ地区からのロケット攻撃を「皮肉なもの」として非難した。「イスラエルを含むどの国家も、その領土と人々がロケット攻撃に被られている時に、じっとしていることはできない」と主張した。しかし、パレスチナ人たちは、ヨルダン川西側地区が日々彼らに奪われている時に、じっとしているべきなのだろうか?

 平和を愛するイスラエルのリベラルが、中立的で対照的な用語法――平和を拒否する過激派は双方にいるのだ――において、パレスチナ人との衝突を提供する時、人はごく簡単な問いを訊ねてみるべきだろう。直接に政治的軍事的レベルで何も起きていない時、中東では何が起きているのか(すなわち、緊張も攻撃も交渉もない時には)?その時起きていることは、西側地区のパレスチナ人から少しずつ土地を奪っていくという時間のかかる仕事なのだ。徐々にパレスチナの経済を絞殺していくということ、彼らの土地を小分けにしていくということ、新しい入植地を築いていくこと、パレスチナ人の農家たちに彼らの土地を放棄するように(作物を燃やすことや宗教的冒涜から、目標を定めた殺人まで)圧力をかけるということなのだ――これらの全てはカフカ的な法律規則のネットワークによって支持されている。

 サリー・マクディシ(Saree Makdisi)は、『裏返しのパレスチナ:日常の占領(Palestine Inside Out: An Everyday Occupation)』の中で、こう書いている。「イスラエルのヨルダン川西側地区の占領が、最終的には武装した軍隊によって強いられているとはいえ、これは『官僚制による占拠』である。それは主として申込用紙、権利証書、居住証、その他の許可を通して行われるのだ。これは安全保障の仕事を減らしつつも、着実にイスラエルの領土拡張を行うという日常生活のマイクロ・マネージメントだ。家族を連れて去るにも、自分の土地を耕すにも、井戸を掘るにも、仕事に行くにも、学校に行くにも、病院に行くにも許可を求めなければならない。イェルサレム生まれのパレスチナ人たちは順繰りに、このように、そこに住む権利をはぎ取られ、生活を立てる術を妨げられ、住宅の建築許可を否定される」、その他。

 パレスチナ人は、ガザ地区について、しばしば問題構成上の紋切り型をよく使う。それは「史上最大の強制収容所」だと言うのだ。とはいえ、昨年には、この名称は危険なまでに真実に近づいた。これが不愉快で偽善的な「平和への祈り」を生み出した根本的な事実だ。イスラエル国家は明らかに、メディアが無視している、ゆっくりとした目に見えないプロセスに関わっている。ある日世界が目覚めた時に、次のようなことを発見するだろう。パレスチナの西側地区など最早存在しないことを。そう呼ばれていた土地にはパレスティナ人はもう誰もいないことを。そして、我々はそれを事実として受け止めなければいけないことを。パレスチナの西側地区は、既に断片化された群島のようだ。

 2008年の先月、非合法の西側地区入植者のパレスチナ人農家への攻撃が日常茶飯事となった時、イスラエル国家はそれらの行き過ぎを押さえ込もうとした(最高裁が幾人かの入植者の立ち退きを命令したのだ)。しかし、多くの消息筋が言うように、自らが署名した国際条約に違反するイスラエルの長期政策に阻まれ、そうした方策は本気で取り組まれなかった。非合法の入植者たちのイスラエル当局への反応は、「我々は、お前たちと同じことを、もっと開けっぴろげにやっているだけだ。お前たちに我々を非難できるいったい何の権利があると言うんだ?」というものだった。そして、国家の返答は基本的に「辛抱強くありなさい。そんなに急いではいけない。私たちは、もっと穏やかで受け入れられ易い方法で、あなた方が望むことをやっているのだから」というものだった。

 同じ話が1949年から繰り返されている。イスラエルが、国際社会から提案された和平条件を受け入れる。和平計画が上手くいかないことも勘定に入れてながら。非合法の入植者たちは時にワーグナーの『ワルキューレ』の最終幕におけるブリュンヒルデの台詞のように響く――オーディンを責め立ててそう言うのだ。彼の明示的な命令をうち消し、ジグムントを守ることで、彼女はオーディン自身が抱いている真の欲望を実現する。外的圧力によって彼が放棄せざるを得なかった真の欲望を。同様のやり方において、入植者たちは、彼ら自身の国家が抱いている真の欲望を、彼らが実現してやっていることを知っているのだ。

 「非合法の」入植者たちの暴力的行き過ぎを非難する一方で、イスラエル国家は新しい「合法的な」ビルの西側地区への建設を促進しており、パレスチナの経済を絞殺しようとし続けている。東エルサレムの変更された地図を見ると、パレスチナ人たちは次第に取り囲まれており、彼らの生活圏は切り取られていることが、全てを物語っている。反パレスチナ人暴力への非難は、真の問題は国家による暴力であることを曖昧にしようとするイスラエルによって、実行されていない。非合法の入植者への非難は、合法入植者の非合法性を曖昧にしている。

 その中に、イスラエル最高裁の賞賛過多で偏見のなき「誠実さ」の二重性が棲んでいる。彼らの立ち退きは違法だという、土地を奪われたパレスチナ人たちを支持する判決を時折に下すというだけでは、それは他の多数派の場合における合法性を保証してしまう。

 これら全てのことを鑑みても、それは許し難いテロ行為への同情を意味しない。その反対にこの文章は、偽善抜きにテロリストの攻撃を非難することのできる唯一の立場を提供しているのだ。



訳者コメント:
 2009年8月のジジェクの、しかもOWSにも関係ない文章。なぜ今頃訳したかというと、アルジャジーラ英語版の彼のインタビュー「ジジェク:今や領域は開かれた(Slavoj Zizek: 'Now the field is open')」を視聴していて、この文章に触れている(と思われる)部分があったからである。

 前回の記事中で述べたように、私は中東に関する知識が不足しているので、専らインターネットのお世話になった。例えば「ヨルダン川西岸地区(West Bank)」についてのWikipediaの記事英語版)など。誤訳などと共に知識の点でも至らない部分があれば、ご指摘いただきたい。

 このブログは、今のところ「ウォール街を占拠せよ」運動関連の翻訳が多くなっているが、特にそう決めているわけではない。なので、OWS以外の翻訳や翻訳以外の記事を扱うこともあるかと思う。ただし、今のところはやはり「ウォール街を占拠せよ」関連の翻訳が本線だと考えている。

「今や領域は開かれた」より
 全てを聞き取れなかったため、抜粋的になるが「今や領域は開かれた」からこのエントリに関係する部分を引用する。
「ちょうどそのことをガーディアンに書いたのです。西側地区について。私の論点は、もし何も起きていなかったら何が起きるのか、というものです。メディアにとって大きな出来事が何も。日常化したイスラエルの窒息させるような官僚主義的占領のことです。井戸に毒を入れ、木々を燃やし、ゆっくりとパレスチナ人を南に押しやる、そういったことです。これが現実です。背景を知ることなしに、物事の全体を捉えることはできないのです」

11/12の更新:
 忙しく、体調も良くないのだが、最近訳してアップロードしたままになっている記事を見直さないと、先にも行けないので、なんとか再チェック。ほとんどは語句の選択の問題だったが、次は訳し忘れの単純ミス。「変更後」に付け加えられた部分を訳し忘れていた。
変更前:ある日、世界が目覚めて、パレスチナの西側地区など最早もう存在しないことを発見するだろう。
変更後:ある日世界が目覚めた時に、次のようなことを発見するだろう。パレスチナの西側地区など最早存在しないことを。そう呼ばれていた土地にはパレスティナ人はもう誰もいないことを。そして、我々はそれを事実として受け止めなければいけないことを。

 また、考えた末、タイトルを次のように変えた。
変更前:西側地区の静かな薄切りは、ふしだらな平和への不毛な祈りを生み出す
変更後:西側地区の静かな切り取りは、不毛な平和への不明瞭な祈りを生み出す

 最後に、私はこの問題について解説する言葉を持たないが、このジジェクの文章はとても核心をついたもので、これを出発点としてここから私がまだ不勉強な様々な領域へゆけるのではないか、そういう重要性を持った文章ではないか、という私的な感想を述べつつ今回の更新を終わりたい。

by BeneVerba | 2011-11-05 12:44 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
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