翻訳:ナオミ・クライン - 〈資本主義〉対〈気候変動〉 [3/8]
〈資本主義〉対〈気候変動〉
Capitalism vs. the Climate
2011年11月09日 - ナオミ・クライン
原文:http://www.thenation.com/article/164497/capitalism-vs-climate?page=full


――気候変動否定派から裏返しに学ぶ


 否定論者たちは、何らかの隠された社会主義的陰謀を暴き出した結果、気候変動は隠された左翼の陰謀だと判断したわけではない。彼らは、気候科学が要求する徹底的かつ急速な地球規模の排出量削削減を行えばどうなるか、詳細に検討した結果この分析に到達したのだ。彼らは、彼らの信念体系である「自由市場」とは逆向きに、私たちの経済的政治的システムを再編成した時にのみ、それは可能だと結論づけた。イギリスのブロガーでハートランド協会の常連、ジェイムス・デリングポール(James Delingpole)は、こう指摘する。「現代の環境保護運動は、左派が重視する主張の多くを、成功裏に前進させている。富の再分配、増税、より大きな政府の介入、規制の強化」。ハートランド協会会長のバストは、同じことをもっとあけすけに表現する。左派にとって、「気候変動は最高の逸品だ……。それこそ私たちが、[左派が]なんとしても成し遂げたいと思っていることを、全てやらなければならない理由だ」。

 私が見つけ出した都合の悪い真実はこうだ。彼らは間違っていない。これ以上話を先に進める前に、私の態度をきっぱりと明らかにしておきたい。九七%の世界の気候科学者が証明するように、ハートランドの人たちは科学について完全に間違っている。化石燃料を燃焼することで大気中に排出される温室効果ガスは、既に気温の上昇を引き起こしている。もし、私たちがラディカルに異なるエネルギーを選択しなければ、この一〇年の終わりまでには、私たちは苦しみに満ちた世界に住むことになる。

 だが、それらの科学的知見が実社会にもたらす結果に関して、とりわけ、必要とされるある種の根深い変化については――エネルギー消費ではなく、私たちの経済システムの基礎となるロジック――マリオットホテルに集まっていた聴衆たちの方が、多くの環境保護の専門家よりも、よほど現実から目を背けていない。地球温暖化ハルマゲドンを示して見せてから、「グリーン」な製品を買い、賢い汚染の市場を作ることで、私たちは破局を避けることができると保証する輩のことだ。

 私たちが排出する二酸化炭素の総量を、地球の大気が安全に吸収できないという事実は、より大きな危機の徴候である。私たちの経済モデルが基礎を置く中心的フィクションの一部は、資源は無限であり、私たちはいつでも必要なものを見つけだすことができ、もし何かの資源が尽きてしまっても、途切れることなく他の資源に置き換えることが可能なので、私たちは終わりなく資源を抽出できるというものだ。だが私たちが、自然の回復力を越えて搾取しているのは、大気だけではない。私たちは同じことを海に対して、水に対して、表土に対して、生命の多様性に対して行っている。だが、資源の抽出にとらわれた拡張論――この論理が、資源に対する私たちの関係を長いこと支配してきたのだが――は、気候危機が投げかける根本的な疑問に晒されている。私たちが、その限界を超えて自然を酷使してきたことを示す豊富な科学的研究は、グリーン・プロダクトと市場に基盤を置いた解決策だけを要求しているのではない。それは、新しい文明的なパラダイム――自然に対する支配に根ざした文明ではなく、再生する自然の循環に対する尊敬に根ざした文明――を、要求しているのだ。人間の知性を含む、自然が持つ限界に対して極めて敏感な文明を。

 したがって、ハートランドの仲間たちに、気候変動は「本当の問題ではない」といった時、クリス・ホーナーはある意味で正しかった。実際のところ、それは全くもって問題ではない。気候変動は、メッセージなのだ。私たちの文化がもっとも大切にしてきた思想の多くが、もはや有効ではないことを告げるメッセージである。そこにあるのは、啓蒙的な進歩の理想で育ち、自然の限界の中に自分たちの野心を留めておく習慣のない、私たち全てにとって、根本的な取り組みを必要とするいくつもの啓示である。そしてそれは、国家統制主義の左派にとってと同じく、新自由主義の右派にとっても真実なのだ。

 環境保護運動について、アメリカ人を震え上がらせるために、ハートランドの人々が共産主義の幽霊を召喚することを好む(ハートランド会議のお気に入りであるチェコ共和国大統領ヴァーツラフ・クラウスは、地球温暖化を防ごうとする試みは、「社会全体を統制したいという共産主義国の中央計画官の野望」に類似するものだと言う)が、現実にはソヴィエト時代の国家社会主義は気候への災厄だった。それは資本主義と同じくらいの熱意で資源をむさぼり喰らい、無謀なまでに廃棄物を吐き出したのだ。ベルリンの壁が崩壊する以前、チェコ人とロシア人は、彼らの西側の対照物であるイギリス、カナダ、オーストラリアといった国々よりも、一人当たりでより多くのカーボン・フットプリント値を保持していた。その一方で、何人かの指摘によれば、中国の再生可能エネルギー計画の目が眩むような拡張は、中央集権的な体制のみがグリーンな政策をやってのけることができることを示しており、破壊的な巨大ダムや、高速道路の建設、抽出に基盤を置くエネルギー計画(とりわけ石炭)を通して、中国の指揮統制型経済は、自然との全面戦争に対して抑制的であり続けている。

 気候変動の脅威に対処するためには、あらゆるレベルで強い政府の行動が要求されるというのは真実だ。しかし、気候変動に対する本物の解決策は、地域社会のレベルへと、そうした介入を組織的に分散し、権力と管理を委ねて行くことだ。地域社会が管理する再生可能エネルギーであれ、地域の有機農業であれ、正真正銘の使い手に納得のいく輸送システムであれ。

 そこにこそ、ハートランドの人々が恐れるべき、もっともな理由があるのだ。そうした新しいシステムの出現は、三〇年以上に渡って世界経済を支配して来た、自由市場のイデオロギーをずたずたに引き裂くことを必要とするだろう。以下に記すことは、気候変動という深刻な課題が、次の六つの領域で何を意味するのかさしあたっての概観である。公共インフラストラクチャー、経済計画、企業への規制、国際貿易、消費、そして課税。ハートランド会議に集まっていたような極右イデオローグたちにとって、これらがもたらす結果は、まさに知的な大変動に他ならない。

* * *



訳者コメント:
 彼女のTwitterによれば、ナオミ・クラインの次回作の一部もしくはその草稿のようなものであるらしい「〈資本主義〉対〈気候変動〉(Capitalism vs. the Climate)」と題された長文論説の全訳を分割して公開。文字数制限のためコメントは割愛。目次はこちら。続きはこちら

by BeneVerba | 2012-06-03 11:03 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
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