雑文:現代の学生の「反動」の背景に関する一視点
*ツイッターの補助ないし延長のようなエントリです。今後こうしたエントリは、「雑感」というカテゴリーでまとめていきたいと思います。おそらくたいていは短文となるでしょう。


 わたしは現場に触れていませんので、間違っているかもしれません。しかし、マスメディアからなにからなにまで、これだけ管理統制が行き届き、地域社会が壊れた社会で、大学生に自分自身の考えを話して見ろといっても、何もないのが普通だと思うのです。

 だってそれまでの人生において、(もちろんメディアが伝えるのと違う)重要な問題に触れて、自分の考えを練る機会なんてよほど恵まれていなければ、ないと思うのです。それは今の学生が「反動的」であるという問題とも結びつくかと思います。

 今の学生が「反動的」だとしたら、学生運動の退潮から今までの期間に、「左翼」の忌避を前提とする文化が、育まれたからではないでしょうか。そして学生たちはその中で育ってきており、それ以外の語法を持たないのです。資本主義社会の高度な発達によってイデオロギーは終わったとする、もう一つのイデオロギー――実際には資本による社会と民衆の新自由的な支配――からの脱出が必要だと考えます。

by BeneVerba | 2012-05-31 08:22 | Trackback | Comments(0)
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