言葉:言葉の使い分けがわからない #1
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「は」と「が」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:38:05

「~するように」と「~するよう」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:38:41

「~した」「~したのだった」「~したのだ」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:39:21

「デビッド」「デヴィッド」「デイヴィッド」のどれなのかがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:42:43

「~へ」「~へと」「~に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 07:13:23

「~した」と「~したのであった」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:44:01

7/16
以前にもツイートしたような記憶があるが、「~し」と「~して」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:44:32

シュプレヒコールは「上げて」なのか、それとも「唱えて」なのか。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:46:54

なぜ「David Graeber」は「デヴィッド・グレーバー」で定着したのか。「デイヴィッド」ではなく。#言葉の使い分けがわからない
posted at 23:19:15

7/17
「あなた方」と「あなたたち」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 03:07:27

「インターネット」と書くのは平気だが、「ネット」とはどうしても書けない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 07:12:31

「nation」は「民族」と訳せるか。文脈によってそう訳すこともあるな。#言葉の使い分けがわからない
posted at 14:01:22

「~に」と「~に対して」の違いが全くわからない。語感で使い分けている。#言葉の使い分けがわからない
posted at 14:51:16

@mitra_maurya そうか、「民族」の他に「国民」でもあり「国家」でもありますね。「people」もまた「民衆」である他に、時に「民族」や「国民」である「ambiguous」な言葉です。
posted at 15:02:14


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「十分」と「充分」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:26

「この」と「その」の使い分けがわからない#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:45

「一緒に」と「ともに」の違いがわからない。言語学者なら知ってるのか?#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:56

「増えた」と「増加した」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:11

「言った」「述べた」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:22

「した際に」と「した時に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:45

「の」と「こと」の違いがわからない。ってわかる?「~するということは」「~するというのは」とか言うでしょ?#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:28:34

「~へ」「~へと」「~に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:28:51

ただの同義語じゃないかとか言ってはいけない。これらにはちゃんとそれぞれの意味があるのだ。というか「同義語」と「同意語」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:33:20


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「とりわけ」と「特に」の違いがわからない。個人的に好みなのは「とりわけ」の方。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:11:48

「当初」と「最初」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:11:57

「すら」と「さえ」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:07

「同じく」と「同様に」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:14

ブログをやっている人は「ブログ主」なのか、「運営者」なのか、「管理者」なのか、「筆者」なのか。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:23

疑問の最後に「か」は必要なのかどうか。「~なのでしょうか?」と「~なのでしょう?」の違いがわからない #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:32

「申し出を受ける」という言葉があるのに、その反対であるべき「申し出を出す」という言葉は同語反復的に感じる。「申し出をする」と言わなければならない。不可解である。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:44

「深遠な」と「深甚な」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:52

by BeneVerba | 2012-07-18 02:52 | 言葉 | Trackback | Comments(15)
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Commented by dempax at 2012-07-29 00:19 x
ウッディ ガスリーの歌が『我が祖国』となるのが分からない。Land = 祖国
Commented by BeneVerba at 2012-07-29 11:29
原題が「団結した人民は決して敗れない」らしい楽曲の邦題が、なぜ「不屈の民」になるのか、それもわからない。
Commented by ちなちだが at 2012-08-01 03:14 x
>「デビッド」「デヴィッド」「デイヴィッド」のどれなのかがわからない。
「data」が「データ」になり、「date」が「デート」になるなら、「David」は「デーヴィッド」「デービッド」になりそうですね。「Camp David」は「キャンプ・デービッド」になることが多いですね。
Commented by ちなちだが at 2012-08-01 03:30 x
>シュプレヒコールは「上げて」なのか、それとも「唱えて」なのか。
個人的には、「上げて」や「唱えて」よりも、「して」「おこなって」「やって」のほうがしっくりきます。シュプレヒコールという言葉自体のなかに、「声を上げること」「唱えること」という意味がすでに含まれているため、「上げて」「唱えて」では、くどい感じがしないでもありません。
(これに対して、「スローガン」という言葉の場合は、スローガンを「唱えて」はいいですが、「して」「おこなって」とは言えません。シュプレヒコール「を始める」「を続ける」「に移る」は言えそうですが、スローガン「を始める」はちょっとまずそうです。ところで、「シュプレヒコール」に対応する言葉(名詞)って、日本語以外の言語にはあんまりなさそうですよね。)
Commented by ちなちだが at 2012-08-01 03:47 x
>「一緒に」と「ともに」の違いがわからない。
朝鮮語の「カチ」と「ハムケ」の違いに相当すると思います。「一緒にたたかいましょう!」と「ともにたたかいましょう!」の違い。
Commented by ちなちだが at 2012-08-01 04:04 x
>「増えた」と「増加した」の違いがわからない。
「貯金が増えた」「給料が増えた」はいいですが、「貯金が増加した」「給料が増加した」は違和感があります。なぜでしょうか。貨幣の問題でしょうか。
Commented by ちなちだが at 2012-08-01 04:43 x
>「同義語」と「同意語」の違いがわからない。
意味がほぼ同じ言葉を「同義語」といい、意味が全然違うけれども、使われる文脈によってはほぼ同じ意味になる言葉を「同意語」というらしいですね。「警察」「おまわり」「ポリ」「サツ」は「同義語」ですが、「逮捕する」と「パクる」は「同義語」ではなく「同意語」のようです。「パクる」の本来の意味は盗むことですが、場合によっては「逮捕する」という意味になるわけです。
(ただ、「同意語」に相当する文法用語は、他の言語にはあまりないような気もします。朝鮮語や中国語の対訳辞書には載ってなさそうです。)
Commented by BeneVerba at 2012-08-01 05:50
素晴らしいコメントをありがとうございます。いずれも示唆的ですが、「シュプレヒコール」と「デービッド」には、「それがあったか!」と思いました。
Commented by ちなちだが at 2012-08-05 21:12 x
>「した際に」と「した時に」の違いがわからない。
「~する際に」は「~する機会に」ということなので、「~する時に」よりも意味が狭いです。

>「すら」と「さえ」の違いがわからない。
「すら」と「さえ」の意味は、ほとんど同じであることが多いですが、「すら」にはない用法が「さえ」にはあります。「この要求が通りさえすればいい」とはいえますが、「通りすらすればいい」とはいえません。もし私が日本語に慣れていなかったなら、誤用を避けるために、「すら」は使わずに「さえ」だけで話すかもしれません。

>「言った」「述べた」の違いがわからない。
受け身の文を作れるかどうか。「私は彼にこう言われた」はいえますが、「私は彼にこう述べられた」はちょっとひっかかります。「述べる」という行為は、被害者を生み出さないのでしょうか。
Commented by ちなちだが at 2012-08-05 21:13 x
ところで、「シュプレヒコール」なんですけど、この言葉は長すぎるためか、「コール」と略して(?)いう人がとても多いですね。「シュプレヒコール」はもともとドイツ語ですが、「コール(Chor)」だけだと合唱団という意味で、合唱という意味にもなります。ただ、日本で使われている「コール」は、むしろ英語の「コール(call)」なのかもしれません。そうだとすると、この「コール」の意味は、「呼び声」「叫び声」ということになり、「コールを上げる」と表現しても違和感は生まれないでしょう。とはいえ、「シュプレヒコール」(とくに、決まった拍数の言葉を繰り返し唱和すること)に相当する英語は「call」では全然なく、「chanting」あたりだとは思います。
Commented by ちなちだが at 2012-08-05 21:22 x
>「~へ」「~へと」「~に」の違いがわからない。
「ベトナムへ平和を!」「ベトナムへと平和を!」「ベトナムに平和を!」では、かなり語感が違ってきます。「へ」「へと」は到達点をあらわしますが、「に」はどちらかというと対象をあらわします。ただし、「教え子を戦場へ送るな」「教え子を戦場へと送るな」「教え子を戦場に送るな」のように、「に」が「へ」「へと」と同様に到達点をあらわすこともあります。
Commented by ちなちだが at 2012-08-06 00:31 x
>「十分」と「充分」の違いがわからない。
中国語にも「十分」と「充分」がありますが、前者が副詞なのに対して後者は形容詞であり、両者の発音は全く違います。また朝鮮語では、「チュンブナダ」という形容詞と「チュンブニ」という副詞があり、これらのチュンブnの部分は、あえて漢字で書けば「充分」になります。ほかに「シップン」という副詞もあり、漢字で書けば「十分」になりますが、こちらの使用頻度はずっと低いです。というわけで、「十分」と「充分」の発音が同じで紛らわしいというのは、日本語だけにみられる現象です。とはいえ、日本語の「十分」「充分」も、戦前までは「じふぶん」「じゆうぶん」と書き分けられており、大昔はそれに近い音で発音されていました。
Commented by ちなちだが at 2012-08-16 02:12 x
>「は」と「が」の違いがわからない。
「我々はここにいるぞ!」を「我々がここにいるぞ!」にすると、かなり感じが変わりますが、おかしな文になるわけではありません。しかし次のような例では、「は」を「が」にしたり「が」を「は」にしたりすると、ほとんど文として成り立たなくなります。
・「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」
・「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」
日本語を一から学ぶ人にとって、「は」と「が」の使い分けがどんなに難しいか、察するに余りあります。
Commented by ちなちだが at 2012-09-02 12:36 x
>「同じく」と「同様に」の違いがわからない。
これは私もよくわかりません。
・「社民党は議席が少ない。同じく共産党も(共産党も同じく)少ない。」
・「社民党は議席が少ない。同様に共産党も(共産党も同様に)少ない。」
この二つを比べると、「同じく」を使ったほうはなんとなくぎこちないのですが、その理由がうまく説明できません。(「同様に」が前の文の全体を受けるのに対して、「同じく」のほうは何を受けるのか、即座に判断しにくいことが関係しているのかもしれません。)
Commented by ちなちだが at 2012-09-02 12:36 x
ところで、「同じく」と「同様に」を足して2で割ったような表現に、「同じ様に(同じように)」というのがあります。これは前の二者とよく似ていますが、変形して述語の位置にもってくるとはっきりした違いが出ます。
・「社民党は議席が少ない。共産党も同じだ。」
・「社民党は議席が少ない。共産党も同様だ。」
・「社民党は議席が少ない。共産党も同じようだ。」
最後の文はかなり不自然だと思いますが、日本語に慣れていない人はよくこの言い方をします。「今日と同じような明日」を倒置して、「明日は今日と同じようだ。」という文を作るわけです。そして日本語に習熟した聞き手は、「同じようだ」の「ようだ」は推測をあらわす、ととりあえず判断します(つまり、「同じであるようだ」を省略した形だととらえます)。しかしそうすると、往々にして文脈に合わなくなりますから、そこには驚きが生まれます。そのような新鮮な驚きを大切にしたいと、私は思っています。