2011年 10月 27日 ( 1 )

民主主義と資本主義の結婚は終わった
The Marriage Between Democracy and Capitalism is Over
2011年10月09日 - スラヴォイ・ジジェク





 私たちは負け犬と呼ばれています。しかし、真の負け犬はあそこウォール街にいます。彼らは、数十億もの私たちのお金で、救済措置を受けたのです。私たちは社会主義者と呼ばれています。しかし、ここでは常に富裕層のための社会主義があるのです。彼らは、私たちが私有財産を尊重していないと言います。しかし、2008年の金融崩壊においては、苦労の末に手に入れた私有財産が多く破壊されたのです。ここにいる私たちが昼夜の境なく数週間の破壊活動に及ぶよりも多く。

 彼らは、私たちは夢を見ているのだと言います。真に夢を見ている人というのは、ものごとが永遠にそのままであり続けると考えている人々のことです。私たちは夢を見る人ではありません。私たちは夢から覚めつつあるのです。悪夢へと変わろうとしている夢から。私たちは何一つ破壊していません。私たちはただ、どのように体制が自壊するのかを目撃しているのです。

 私たちがみな知っているカートゥーンの古典的な場面があります。断崖へと到達した猫が、そのまま歩き続けるのです。下には何もないという事実を無視して。下を見て、そのことに気づいた時に、ようやく落下します。それが私たちがここでやっていることなのです。私たちは、ウォール街の面々にこう言っているのです。「おい、下を見ろ!」と。


 2011年の4月中旬に、中国政府があることを禁止しました。全てのTVや映画や小説において、別の現実やタイム・トラベルを含む内容を扱うことを。これは中国にとって良い兆候です。つまり、人々が未だオルタナティブを夢見るためには、そうした夢を見ることを禁止するべきだ、ということです。ここでは、そのような禁止は必要ありません。なぜなら、支配体制は私たちの夢見る能力を抑圧すらしないからです。私たちがいつも観ている映画を思い浮かべてください。世界の終わりを想像することは容易です。小惑星が全ての生命体を絶滅させるとか、そういったたぐいのものです。しかし、資本主義の終焉を想像することはできません。

 それでは、私たちは一体ここで何をしているのでしょう?ここで一つ、素晴らしい、古い共産主義者の時代のジョークをお話しさせてください。ある男が、東ドイツからシベリアへと、働くために送られました。彼は、自分の手紙が検閲官によって読まれるであろうことを知っていました。そこで、自分の友達にこう言いました。暗号を決めておこう。もし、私から受け取った手紙が青いインクで書かれていたら、私の言っていることは本当だ。もし赤いインクで書かれていたら、それは嘘だ。

 一ヶ月後、彼の友達は最初の手紙を受け取りました。全ては青いインクで書かれていました。その手紙にはこう書かれてました。ここは全く素晴らしいところだ。商店はおいしい食べ物であふれている。映画館では西側の面白い映画が観られる。アパートの部屋は広々として豪華だ。ここで手に入らないものと言ったら、赤いインクだけだ。

 私たちはこのようなあり方で生きているのです。私たちには、私たちが望む全ての自由があります。私たちには、ただ赤いインクがないだけなのです。私たちの不自由を明確に表現するための言語が。私たちがそういう風に話すように教えられた自由についての話法、テロとの戦いとかそういったことです、それが自由を偽ってしまうのです。そして、それがあなたたちがここでしていることなのです。あなたたちは、私たちみなに赤いインクを授けているのです。


 そこには危険もあります。自分自身と恋に落ちないようにしてください。私たちはここで素晴らしい時を過ごしています。だが、覚えておいてください。カーニバルは安上がりなのです。重要なのはその翌日、私たちが日常の生活に戻る時です。そこに何らかの変化はあるでしょうか?私はあなたたちに、これらの日々を想い出にしてほしくありません。「ああ、私たちは若く、全ては素晴らしかった」などと。

 覚えておいてください。私たちの基本的なメッセージは、「私たちはオルタナティブを考えることを許されているのだ」というものです。もし規則が破られるのなら、私たちは最善の可能世界に住んでいるわけではないのです。この先に長い道のりがあります。真に困難な問いに私たちは直面しています。私たちは、私たちが何を望んでいないかを知っている。だが、私たちは一体何を望んでいるのでしょう?どのような社会組織が資本主義の代わりになるのでしょう?どのようなタイプの新しいリーダーを私たちは望んでいるのでしょう?

 覚えておいてください。問題は腐敗でも貪欲でもありません。体制が問題なのです。それがあなたたちに腐敗を強いるのです。敵だけに注意するのでなく、偽の友にも注意してください。既にこの過程を薄めようとしている偽の友に。あなたがカフェイン抜きのコーヒーを、受け取るのと同様なやり方で、アルコール抜きのビールを、脂肪抜きのアイスクリームを、受け取るのと同様なやり方で、彼らはこれを無害で道徳的な抗議運動に変えようとするでしょう。カフェイン抜きプロセスです。





 私たちがここにいる理由は、私たちがこの世界にうんざりしているからなのです。コーラの缶をリサイクルして、チャリティとして数ドルを与える世界に。もしくは、スターバックスのカプチーノを買うと、その1%が飢えに苦しむ第三世界の子どもたちのところに行く世界に。私たちを慰めるために。労働と拷問を外注にしたその後で、結婚仲介業者が、今や私たちの性生活ですら日常的に外注しているその後で、私たちは理解しています。私たちの政治的参加もまた長い間外注されるに任せていたことを。私たちはそれを取り戻したいのです。

 私たちは共産主義者ではありません。もし共産主義が1990年に崩壊した体制を意味するのならば。思い出してください、今日ではそれらの共産主義者たちが、能率的で冷酷無比な資本主義者であることを。今日の中国では、資本主義が存在します。アメリカの資本主義以上にダイナミックなが資本主義が。しかし、それは民主主義を意味しません。それが意味することは、あなたが資本主義を批判しようとする際に、脅されるようなまねを許してはならないということです。まるであなたが民主主義に反対しているかのように。民主主義と資本主義の結婚は終わったのです。


 変革は可能です。ところで、今日私たちは何を可能だと見なしているのでしょう?メディアを追いかけてみましょう。一方では、テクノロジーとセクシャリティーにおいて、全てが可能であるかのように見えます。月まで旅行に出かけることも可能です。不死になることも可能です。遺伝子工学で。動物であれ何であれと、セックスすることも可能です。しかし、社会と経済の領域を見渡してください。そこでは、ほとんど全てのことが、不可能だと見なされているのです。

 あなたが富裕層の税率をちょっとばかり引き上げたいと言えば、「それは不可能だ」「競争力を失う」と彼らは言うのです。あなたがもっとヘルスケアにお金がほしいと言えば、「それは不可能だ、全体主義国家のやることだ」と彼らは言うのです。この世界は、どこかが間違っているのです。不死になることを約束されているのに、ヘルスケアに費やすお金をほんの少し上げることもできない世界は。

 おそらく私たちの優先事項を、ここできちんと設定することが必要なのでしょう。私たちはより高い生活水準など望んでいないのです。私たちはより良い生活水準を望んでいるのです。たった一つの意味においてのみ、私たちが共産主義者であるのは、私たちはコモンズを望んでいるのだ、ということです。自然のコモンズ。知的所有権によって私物化されたもののコモンズ。遺伝子工学のコモンズ。このために、このためだけに私たちは闘うべきなのです。


 共産主義は間違いなく失敗しました。しかし、コモンズの問題がまだここにあります。彼らは、ここにいる私たちはアメリカ人ではないと言います。しかし、自分たちこそが本当のアメリカ人だと主張する保守派の原理主義者たちは、何かによって気づかされなければなりません。キリスト教とは何でしょうか?それは聖霊です。聖霊とは何でしょうか?信じる者たちによって構成される、平等主義の共同体です。お互いへの愛で結びついた者たちによって。そして、自らの自由と責任を所有する者だけが、それをなすことができるのです。

 この意味において、聖霊は今ここに存在します。そして、あそこウォール街には、涜神的な偶像を崇拝する異教徒たちがいるのです。だから、私たちに必要なのは忍耐だけです。私が恐れているたった一つのことは、私たちがいつの日か家に帰り、一年に一回会うようになり、ビールを飲みながら、ノスタルジックな想い出に耽るというものです。「なんて素晴らしい時をあそこで過ごしたのだろう」と。そういうことにならないように自らに誓いましょう。


 私たちは、知っています。人々がしばしば何かを欲しても、本当にはそれを望んだりしないことを。どうか、あなたが本当に欲するものを望むことをおそれないでください。

 どうもありがとうございました。



訳者コメント:
 部分的にしか撮影されていないと思われるジジェクのスピーチを、いくつもの動画をかき集め、編集し、その全体を再構成して、日本語訳の字幕を付けたもの。そのために、また私の動画編集作業への不慣れのせいもあって、いくつかの部分で見苦しく、また聞き苦しいものになっている。

 その意味で、「完全版」というよりも「全体版」「キメラ版」とでも呼ぶべきなのだろうが、検索などの便宜のために「完全版」とした。時間をかければもっと良いものができたかもしれないが、今の私にはこれが精一杯だったということで、どうか勘弁願いたい。

 なお、以前の「補完版」はこちら。

 私は、全くジジェクの良い読み手ではないが、字幕を付けるためにあらためて訳を見直して、彼の思考、ちょっとした言葉の使い回しや用語法に、入り込むことができたと感じた。ジジェクが、実際にはネットにある英文書き起こしとは、異なる単語を使っている箇所に気づきさえした。だから満足を覚えている。

 それでもなお誤訳・珍訳などの可能性はあるのだが、それは変革への可能性を意味するのだと信じたい。

10/30の追記:
 この記事は、動画の字幕をそのまま公開しているものなので、変更するわけにはいかないが、その後上でも紹介した「補完版」の訳文を見直したので参照してほしい。ただし、単純ミスで段落分けが「補完版」と同じになっていない箇所があったので、段落分けだけ変えた。

2012/5/16の追記:
 この記事の題名を「旧版」として、再度編集したジジェクのスピーチを公開した。

by BeneVerba | 2011-10-27 03:21 | 動画 | Trackback | Comments(1)