2012年 02月 02日 ( 1 )

 マスメディアの報道を通し、私が初めて「慰安婦」問題を知った時の気持ちを、どう言い表せば適切なのだろうか?それは一九九〇年か一九九一年のことではないかと思うのだが、敢えて言えば、「やはり……」というものにでもなるだろうか。幼心にそういう「腑に落ちる」ような気持ちがあった。

 そうした時代に依存した感慨は、例えば今の一〇代やそれ以下の人々に、伝わるものだろうか?なにせ、崩壊の兆しが見え始めていたとはいえ、まだ長年に渡る自民党の支配に終止符が打たれていなかった頃の話なのだ。そして、今は直接的な戦争体験者の死去による戦争体験の伝達が危機を迎えている時代である。


 SFや漫画などで、こういう物語を持つものがある。主人公は周りの世界をおかしいと感じているのだが、それが何に由来するものかわからない。ただどこかがおかしいとだけ感じている。だがある日、何かのきっかけで、実は普通の人間たちだと思っていた周りの人々が、ロボットであったり異星人であったりすることに無理矢理気付かされる。快適に見えた今までの世界は嘘っぱちの世界だったのだ。

 そうした物語が孕む意味は、主人公は見かけの世界が意味しようとするものとは、異なるメッセージを、常に受け取っていたということだ。私に「腑に落ちる」ように思わせたものは、その時代には、まだかすかながらそうした感覚がまだ残っていたということだろう。


 例えば、この「慰安婦」問題に関する標準的な書物として知られる吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)は、そうした事実があること自体は、公の形ではなくとも知られていたことを記述している。また、先の「さようなら原発」集会の記者会見だったと思うが、大江健三郎氏が村の戦争体験者から聞いたこととしてそうした話を語っていた。

 つまり、戦後日本、自民党時代の日本、呼び方は何であれ、それまでの日本は偽物の秩序であり、見せかけだったのだ。したがって、先ほどの私の古い感慨に、今あらためて後の句を付けるとすれば、「やはり……偽物だったんだ」とでもすべきなのだろう。三・一一以降を生きる私たちにとって、それらの寓話はあらためて意義のあるものになったのではないか。私たちが生きていた世界は「ずっと嘘だった」のだ。


 もし、私が「慰安婦」問題を知ったのが一九九一年のことだとしたら、金学順さんら三人の「慰安婦」被害者が、その年の一二月に東京地裁に提訴し、東京の韓国YMCAで会見した時のことだろう。今からほぽ二〇年前のことである。

 知ったのが、その前年一九九〇年――この年に金学順さんが初めて元「慰安婦」として名乗り出たのだが――だとしたら、韓国の女性団体が共同声明を発表した時のことだろう。その一〇月の共同声明は次のようなものだ。
一、日本政府は朝鮮人女性たちを従軍慰安婦として強制連行した事実を認めること。
二、そのことについて公式に謝罪すること。
三、蛮行のすべてをみずから明らかにすること。
四、犠牲となった人びとのために慰霊碑を建てること。
五、生存者や遺族たちに補償すること。
六、こうした過ちを再び繰り返さないために、歴史教育の中でこの事実を語り続けること。

 これらの要求事項はいくつかの語句を入れ替えるだけで、震災被害にも当てはまるだろう。「一、日本政府は放射線被害の事実を認めること。二、そのことについて公式に謝罪すること。放射線被害と原子力導入の経緯をみずから明らかにすること…」などと。

 この類似性は単に、両者が不正義であるがゆえだけではないのではないか。おそらくは、騙す、事実を認めない、責任を取らないという日本の権力の性格に由来し、人生そのものへの被害であるが故に原状回復が困難であるという被害の性質に由来するのだろう。


 もし「慰安婦」被害者の人々がそうした表現を許してくれるのならば、我々は同じ日本という権力から被害を受けたものである。なのになぜ私たちは「ウォール街を占拠せよ」のような連帯ができないのか?
 それぞれ異なる出身の多くの人々が、一%の貪欲、企業の貪欲への偽の解決法、組合潰し、公共サービスの削減と民営化といったものから、悪影響を受けてきた。九九%の人々は多様であり幅広い。だが、我々には連帯という原則があり、より良い世界――包摂と、尊厳と、愛と尊重の世界――を作るために、共に働いているのだ。「ウォール街を占拠せよ」に、レイシズム、セクシズム、トランスフォビア、移民への憎悪、ゼノフォビア、憎悪一般を受け入れる余地はない。

 挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)が主導して開始したと聞くハルモニたちの水曜デモが初めて行われたのは、一九九二年一月八日である。彼女たちはこの二〇年間ずっと抗議活動を続けてきた。昨年一二月一四日に一〇〇〇回目を迎えた。阪神淡路大震災時と東日本大震災時に追悼沈黙デモになったことがあるだけだという。

 二〇年間に渡る一〇〇〇回に及ぶデモ。しかし、今なおその正義を求める声は、日本政府に受け入れられていない。なのに、彼女たちを否定するまさにそのような人物を迎え入れることで、脱原発運動のみが、その目的を果たすことができるのだという思考は、控えめに言っても、かなり自分たちの願望を優先した都合の良いものに思われる。

by BeneVerba | 2012-02-02 17:12 | 意見 | Trackback | Comments(0)