2013年 07月 02日 ( 1 )

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引用:

 種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。
  ――国際人権規約B規約,第二七条

1.マイノリティに属する人々は、個人として、また当該集団の他の成員たちと共同して、いかなる差別もなしに、この宣言が定める権利を含めた、その諸権利を行使することができる。
2.マイノリティに属するいかなる人物も、この宣言が定める権利を行使することによって、あるいは行使しないことによって、不利益を受けることがあってはならない。
  ――マイノリティの権利宣言,第三条

 水俣病患者は病気のせいで差別されると思っていた。ところが、世界の公害現場を歩くうちに、弱者に対する差別のあるところに公害というしわ寄せが来ると分かった。原発も都会で使う電気が地方でつくられ、廃棄物まで押しつけられる。事故を機に研究や教育のあり方を問い直すべきだ。大学や学会は何なのか。さらに言えば、学会や専門家を容認してきた国民は何なのかということにもつながる。
  ―― 原田正純,毎日新聞朝刊,2011年12月3日

 原子力の問題というのは、単なる「テクニカルな問題」ではないのです。憲法9条の理念や、「私たちがどうやって生きていく」「どうやってこの国を作っていくか」という、非常に根本的な問題ともリンクしている。私は、「原子力の問題は差別の問題だ」と言ってきた。憲法9条を形作っている問題意識の土台も、 たぶんそうだと思っています。

 根源的には、差別の問題だと思っています。そして、差別の問題は、みなさん一人ひとりの身のまわりにも、そこらじゅうにあるはずです。その差別にまつわるひとつひとつ問題にみなさんが取り組んでくれるなら、それは私がいま闘っている原子力の問題と、必ず通底していると思います。そしてもし、「差別の問題」 を超えることができるなら、原子力は必然的になくなるはずです。
  ――小出裕章『原発と憲法9条

 私は沖縄国体少年ソフトボール競技の開会式において、日の丸を引きおろして焼きすてた。この私の行為は全国に大きな反響を呼び、この「事件」の裁判は歴史的な「日の丸裁判」として、現在那覇地裁で争われている。右翼は読谷に押しかけ、あらゆる反動がやってきた。

 だが、私がこの日の丸を焼いたことは、正しいことだったと思う。その思いは右翼からどんなに攻撃されようとも、というより攻撃されればされるだけ強くなるのだった。もっとも、たかだか三千五百円の布切れ一枚を焼いたことが、これほどの反動を呼ぶとは私も予想だにしなかったが。またそれほどの「魔力」がこの旗、日の丸に潜んでいることも。
  ――知花昌一『焼きすてられた日の丸――基地の島・沖縄読谷から

 今こそウォール街の占拠を拡張し、多様化するときである。もし、これが真に九九%のための運動であるのなら、それはニューヨーク市の残りの部分を必要とし、アメリカの残りの部分を必要としている。

 有色人作業部会は、人種的意識を持ち、包摂的な運動を築くために結成された。私たちは、移民、無届滞在者、低賃金労働者、囚人、有色人のLGBTQ、ムスリムのような周縁化された宗教的共同体、先住民を含む有色人の諸共同体に対して働きかけている。それらの人々にとって、この占拠は皮肉なことに、もう一つの負担となっており、ゆえに、この運動は非植民地化されなければならない。

 しかし、この運動はリバティ広場という空間に限られたものではない。あなた方の助力があれば、この運動は万人に対して開かれたものとなるだろう。

 そうでなければ、この運動は成功しないだろう。権力と特権の力学を無視することによって、この記念碑的な社会運動は、それが抹殺しようとしている不公平の構造そのものを複製する危険を冒すことになる。
  ――ライターズ・フォー・ザ・99%『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語




by BeneVerba | 2013-07-02 08:01 | Trackback | Comments(0)