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 私は、ある意味で自分のことを「見過ごされた/意図的に無視された差別被害者」だと考えるときがあります。差別というのは、人の魂の少なくとも一部を殺してしまうようなものです。あるいは身体の一部をもぎ取ってしまうようなものです。しかし、それに釣り合うものを私は得ていません。私は未だに血を流し続けて苦しんでいます。

 二〇一一年の年始、私は非常に健康で全く何の問題のないレベルで暮らしていました。社会復帰に向けて、少しずつ努力していました。私の人生はいくつかの言葉で言い表せます。「ぜんそく、うつ病、差別」です。どれも生きることそのものを困難にする、恐ろしい病気です。その二〇一一年頃、ひとまずうつ病の心配がいらなくなったと思ったら、今度は大月書店によって思想差別、民族差別を突きつけられました。次から次に、人生に関わるような問題が起きるせいで、その時私に休む暇ありませんでした。

 私が三・一一以来の運動でやって来たことの一つは、「差別に反対すること」です。だからこそ、在特会のような人々だけではなく、「反原発・反差別には天皇主義/靖国崇拝の右翼の協力も必要」(野間易通)いった人々や、「反現連や日の丸を批判するな」(大月書店)「日の丸が上がることは叛旗を意味する(原田裕史)「自分の中にある差別を忘れて、まず在特会をたたくことが必要」などと言ってきた人たちに対して、抗議運動の現場やインターネットで反論してきたのです。これらは「マジョリティ票狙いの右傾化路線」と言っていいでしょう。そして、その失敗は今や明らかです

 このような詭弁には人を謬らせる危ういものがあります。手短に言うと、こうした言説は、日本社会のマジョリティにとって大変に都合が良く、マイノリティにとって困ったものになっているのです。ここでは、二つだけ問題点を挙げると、一つには「普通の日本人」と在特会などの民族差別団体を区分することで、「普通の日本人」が差別と無縁であるかのような切断処理がなされている点です。しかし、日本社会における差別の主要な担い手は「マジョリティ」「普通の日本人」なのです。

 もう一つは、民族差別の文脈に即して言えば、「差別の責任に限定をつけている」点です。在特会をはじめとする団体が、最悪の民族差別団体であることに、疑いはありません。しかし、反差別のために右翼と組んだり、差別に対して差別で反撃したり、カウンターの場に日の丸を持って現れるのならば、単にそれらの団体を否定する以上の意味を持ちます。

 それは要するに、「在特会などの団体は否定するがそれ以上のことをする気はない」(在特会の源流である右翼の責任を追及する気ははない、日本の差別的な体制を変える気はない、我々「普通の日本人」は在特会を退治する正義の味方であって、差別の担い手ではないのだから変わる必要はない)などなどの態度を意味することになるのです。在日朝鮮人は日本の帝国主義によって、日本社会に定住するようになった存在なのだから、全くのばかげた意見です。

 ところが、そのような詭弁を信じ込んだ人々は、被差別者でもある私を、激越なまでに攻撃してきました。その中で差部発言が何度も飛び出したのは、(充分ではありませんが)これまでのエントリで指摘したとおりです。私はインターネット上で何度もリンチに遭い、その度に何日間も寝込むような傷つき方をしました。

 「リンチ事件」などの事件が起きたから、「カウンター」に問題があったのではありません。それは最初から問題含みの、ある意味日本人が好き勝手に在日朝鮮人の運命をもてあそんだものでした。それはいわば「在特会」を出汁に、あらゆる暴力性を解放するようなものでした。反原発運動への日の丸の持ち込みと、右翼との共闘と同じ流れにある出来事だと思います。

 私は、現在元々重いうつ病を抱えているために思うように動けず、本来なら当然すべき反論もできません。しかし、差別は加害者の謝罪もしくは賠償によって片をつけるものかと思いますが、それがまだ果たされていません。私は、この数年間ずっと、差別者たちによってえぐられた傷から、血を流し続けています。差別とは、見えないナイフで刺されるようなものです。「まだ、二、三本しか刺していないからたいしたことはない」などとはなりません。一本一本が致命傷なのです。

 まるで当たり前の評論家か活動家のような活動をして、私の人権を根本から否定する差別発言を人々が、「新しい社会運動」について語っているのは、この上ない苦痛です。

by BeneVerba | 2016-07-23 19:58 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 基本的人権にも保障されている思想信条の自由を使用しただけで、なぜ私はこんなにも苦しまなければならないのでしょうか?私がやったことと言えば、大月書店からの「反原連批判をやめよ」「日の丸批判をやめよ」という指示に従わなかったことです。その結果、半ば決まりかけていた次の翻訳書をチャラにされました。

 大月書店には、私が祖父を朝鮮半島に持つ、日本国籍の在日朝鮮人であることを伝えていましたし、また、大月書店との契約に先立って、日の丸の持ち込みに代表されるような反原発運動の国民運動を批判してきました。大月書店はその点を踏まえて契約したとみなされて仕方ありません。


 当然ながら、大月書店との契約に当たって、「反原連批判をやめる」「日の丸批判をやめる」などという条項に同意したりもいたしていません。つまりは、私の言論活動は、大月書店との契約とは関係なく、大月書店が私の言論活動に注文を付ける権利はないということです。ましてや、それを餌に「反原連批判をやめないと契約をやらない」などという権利はありません。

 わずか一冊のみ翻訳書を出した人間が、二冊目を断ることは勇気が要ることでした。断ったとして二冊目の依頼が来るかどうかわかりませんから。それに大月書店側がつけこんだと言えることもできると思います。それでも私のルーツと思想信条はかけがえないのものです。比較にすべきものとは思えませんでした。

 思想信条の自由と、エスニシティとは、人権の中でもかけがえないもののはずです。大月書店は私へのメールの中で「伝統的左翼出版社」と言ってきたのですが、その一番大切なものを踏みにじるこの会社が「伝統的左翼出版社」と言えるでしょうか?

 また、大月書店による人権侵害は今でも続いています。二〇一四年の社前行動では、終結した私たち全国争議団に、大月書店社員一名が終始「ファック・ユー!」のサインを出していました。担当編集視野の岩下結も、精神障害者差別や失業者差別をツイッターアカウントで、繰り返しています。これが「伝統的左翼出版社」のあり方でしょうか。

 つまり、大月書店のしたことと言えば、私が以前からそうした活動を行っていたことを知りつつ、また、在に朝鮮人であることを知りつつも、私の自由な言論活動に口出しし、(日の丸や極右を擁護する)反原連と日の丸批判をやめるように自作の翻訳契約とバーターで脅迫したということなのです。

 さらに、私の健康問題もあります。会社から不当な仕打ちを受けることは、それだけで大きな痛手です。それに加えて労組に入り争議を起こし、労働委員会やら行政訴訟で争うことも大きな負担になります。大月書店との仕事を始めるまで、比較的に健康だった私の健康はぼろぼろになってしまいました。

 また、私はこの問題が、(意外にも支持してくださっている方も多いとはいえ)さほど注目を集めていないことに腹を立てています。私があまり好きではない喩えですが、ナチスドイツに喩えるとします。ハーケンクロイツを批判するユダヤ人著述家に対して、「それでは受けない。ハーケンクロイツ批判はやめてくれ」などという出版社があるものでしょうか?

 日の丸を良しとする風潮には、日本人の歴史への忘却と関わっています。「日の丸くらいいいじゃないか」という体制に流されず、私は最後まで日の丸を帝国主義のシンボルとして認めない人間であろうと思います。

 それならそれでいいでしょう。日の丸は帝国主義の残滓でしかないということを明らかにするためにも、これからも戦い続けます。

by BeneVerba | 2016-07-05 00:06 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 以下が、福岡の在特会とその自称「カウンター」である。どちらも日の丸を掲げていて見分けがつかない。いったいどうしろというのか、というのが一人の在日朝鮮人としての気持ちである。言うまでもなく、日の丸は日本の朝鮮侵略のシンボルのような旗である。日の丸を掲げて「カウンター」を行うということは、在特会には反対するが、日本の侵略責任については不問にしたい、という態度を表明していると受け取られても仕方がない。「線引き」を行っていると言ってもいい。

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https://www.youtube.com/watch?v=clrrMFD0NA4

 カウンター参加者の一人は、たぶん大月書店とのトラブルの元になった入江亮であろう。

 入江について何から語ったものやら。私がTwitterで反原発運動の日の丸批判をしていた時に、日の丸肯定派としてしつこくからんできたのが入江亮である。私は誠実に対応していたのだが、彼はこちらの主張を聞かず幾度も同じことを繰り返すのみであったので、私は「なめるな」と言い返した。他に場強い言葉を使ったわけでもなく、マイノリティとしての最低限の反撃である。

 すると大月書店の岩下結編集者が「汚い言葉」であるとしてそれを問題にし始めた。岩下編集者とは、ほとんどメールでやりとりしていたのだが、彼は私に突っかかってくるようになり、このようなことがあってはならない、というメールを送ってきた。私は不本意ながら受け入れるしかなかった。

 しかし、侵略者の末裔である日本人が日の丸を拒否している朝鮮人に、日の丸は問題ないとして、しつこく絡む方がよほど暴力ではないだろうか。日本人が日の丸をやめる方がよほど簡単でもあり、理にかなったことではないだろうか。また、在日朝鮮人に日の丸を受け入れることをすすめる「左翼出版社」とは、いったい何であろうか。岩下にはそんなことにすら、思いをはせることができなかったようである。

 そして、その後のある日、集会に向かうためにある時九電本店前を歩いて通りかかると、入江亮がその場で日の丸を掲げているのに出くわした。この時には直接言葉を交わした。私「それはなんですか」入江「日の丸です」「九電を応援しているようにしか見えません。やめてください」。すると入江は突然態度を変え、「なんやコラ、きさん!」などと、チンピラ口調になって私を罵倒し始めた。

 また昨今、ちまたを賑わしている自称「カウンター」勢のリンチ事件を受けて、入江亮はこんなことを言っている。

 写真見ましたが、エル金さん、ようあそこまで我慢しんしゃったですね。俺が同じ立場だったら、我慢できずに殺してますね。
https://twitter.com/fcknzsfuk/status/736953795779776513

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 日の丸を拒絶する在日朝鮮人にしつこく絡み、反原発運動にも「カウンター」にも日の丸を持って現れ、注意されると逆上する。これのどこが反原発運動だろうか。これのどこが反差別運動なのだろうか。大月書店は、この程度の低劣な人物を気づかって、私よりもこの男を選んだのだ。

 また、今や「なめるな」という言葉が、問題視されなくなった現状がある。だからこの言葉に問題がないというのではない。これはマジョリティから発せられる言葉であり、その点で大いに問題がある。しかし、岩下が「なめるな」という言葉を批判しているという話は聞かない。

 そして、マイノリティが追い詰められて発する「なめるな」という言葉と、「マジョリティ」が発する「なめるな」では、自ずと意味が違うはずだ。大月書店とその編集者の岩下結の言動は、ご都合主義であり、不当ではないだろうか。

 二〇一三年以来のカウンターは、おおよそこういうものだった。「在特会と対峙するのに、細かいことを考える必要はない。在日朝鮮人の歴史や社会的な構造的差別を考える必要はない。ただ、在特会と対峙して罵倒すれば良い」。それに対しては様々な批判が寄せられたが、「新しいカウンター」のデマゴーグである野間易通や木野トシキは、「ヘサヨ」というレッテルを貼るのみであった。

 「在日朝鮮人の歴史や社会的な構造的差別を考える必要はない」とは、つまり「未来志向」「和解」「転向」の時代に沿うように、日本人の持つ歴史的な加害責任をオミットするものではないだろうか?在日朝鮮人は日本の帝国主義によって生まれた存在である。そこに自ずから日本の責任というものがあるはずだ。

 果たしてそれで良いのだろうか?この間の「カウンター」は、そうしたものをオミットしたところに成り立つ「反差別運動」という新たな「発明品」を、産み出したのではないだろうか?この問題はよくよく考えてみなければならない深刻な問題であろう。


  • 文面を変えているところもありますが、基本的にTwitterからの転載です。誤記を訂正したり、いくつか文章を足したり、引いたりもしています。


by BeneVerba | 2016-06-13 02:15 | 意見 | Trackback | Comments(1)
 私は朝鮮(言うまでもなく当時朝鮮は南北に分裂していなかった)のルーツをひく日本国籍者である。父の代に一家は韓国国籍を取得(帰化という言葉は使いたくない)し、祖父の世代が在日一世、父親の世代は在日二世、私の世代では日本国籍を持つ在日三世ということになった。私の中には朝鮮人としての意識と日本人としての意識の両方があり、どちらかを捨てられるものではない。どちらも私のアイデンティティの一部である。

 余談ながらこういうアイデンティティの公開こそ、実は私が避けたいと思っていたことの一つだ。朝鮮にルーツを持つことを恥じるゆえではない。その事実は物心付いて以来自分の中にあった。私は、私については誰も知らないが、私の仕事については人に知られているというそんな存在になりたかったのだ。

 私の一族には、在日ゼロ世とも言うべき祖父の母がいた。私のひい祖母である。祖父とひい祖母は間違いなく朝鮮語で会話できたはずだが、そのような場面を見たことがない。その理由はわからない。年齢差がらして私が幼い時分に、ひい祖母は相当な年だったはずで、私は彼女に不気味なものを感じるとともに親しみも感じていた。祖父もひい祖母も私には優しくしてくれた。今でも悔やまれるのは、祖父から一族の歴史を聞けなかったことだ。精神的な「病」で動けず、仕方なかったこととは言え、悔やんでも悔やみきれない。

 在日朝鮮人は日本の帝国主義政策によって、日本に居住を強いられた存在である。それを強いた日本の帝国主義のシンボルである日の丸・旭日旗は、在日朝鮮人にとって受け入れがたい。たとえ日の丸を受け入れるという在日朝鮮人がいても、日本が与えた加害の歴史は動かせない。そしてそのシンボルは表面的な反省とともに戦後にも引き継がれた。「日の丸を受け入れる朝鮮人と受け入れない朝鮮人がいる」などとは言えないのは、日本に絶対的な加害性があるがらだ。それが日本の帝国主義の被害者にとっての日の丸の歴史性である。

 だが加害者側である日本人にとっては、戦前と戦後のー慣性よりも断絶が強調されることが多いようだ。そこに奇妙なロンダリング作用があるのかも知れない。天皇制と同じく敗戦で日の丸の責任はチャラにされたとする考えだ。だからこそ呑気に日の丸を振れるのだろう。そういう気分は自分の中にもあると感じる。「今の天皇はリベラルだし、日の丸はただの記号」というわけだ。だが、私のもう一つのエスニシティが否と応える。日本人はそうした操作を半ば無意識的に、半ば意図的にやっていると思う。言い換えればそれは自己欺瞞なのだ。被害者は忘れようにも忘れられず、加害者は忘れることができるという特権的な位置を利用したものなのだ。加害者側は都合の悪い歴史を忘れて、しかも罪の意識なく歴史を捏造し、「リベラル」の振りをすることができるのである。

 この日の丸(あるいは天皇性)無責任論とでもいう考えは、一部の在日朝鮮人にも共有されていると思う。だが、それは戦前と戦後の歴史性を見ず、帝国主義の払拭されていない現在の日本と共存するものでしかないと思う。「天皇制や日の丸をみとめても良いではないか」という考え方だ。しかし、日の丸とはアジアやその他で、戦争によって人の尊厳が貶められ、殺されていた時にはためいていた旗なのだ。その実実をを消し去ってはいけない。それどころか、世代を超えて伝えて行く義務がある。

 また新しい日の丸の使い方をすることで新しい意味を付与すればいいなどという馬鹿げた意見が見られたことがある。確かにあるものの意味は使われ方によって決まる。しかし、これも被害者の見る歴史性からすれば、既に殺戮の旗として使われたことがあることを忘却する愚論である。日の丸には帝国主義と侵略の旗という以上の意味は見出せない。

 大月書店は、私に日の丸批判や日の丸を受け入れている反原発運動批判を控えるように言った。私が個人的に日の丸を嫌っているのではなく、歴史的な経緯があった日の丸が忌避されているのであるにもかかわらず。大月書店は、その点を十分理解しなかったように見える。「たかだが日の丸ごときで」と思ったのかもしれない。私が日の丸を拒否するときには、帝国主義に抗う在日朝鮮人としてのアイデンティティと、思想信条に基づくアイデンティティの下に拒否するのである。

 アイデンティティはその個人にとって不可分のものであるから、中断もしくは中止するわけにはいかない。あくまで日の丸を拒否し続け、ひいては帝国主義を拒否し続けることが私のアイデンティティだ。大月書店が、真に日本の侵略戦争を反省し、在日朝鮮人のことを考えていたらあのような要求はしなかったはずだ。それにしても日の丸批判を控えるように言う「左翼出版社」とは何だろうか?(そして大月書店にとって首都圏反原発連合とはなんだろうか?)

 日の丸問題は、社会運動の右傾化、ナショナリズム化とも関わる問題である。私にとっては日の丸、君が代、天皇性といったものは、被害者としての歴史を想起させるものである。帝国主義、植民地主義はなくしていくのが本当の道だと思う。日の丸、君が代、天皇制はなくしていくのが進歩の歩みだ。それにまた、戦後日本の権力者たちは、戦争の被害者としての立場を強調して、加害者としての責任をかくし通してきた。私たちは加害者としての責任を引き受けようではないか。

 日の丸の悪を脱色化させないこともその一つだ。これから何十年かかろうと大月書店と争っていく覚悟である。

by BeneVerba | 2016-03-07 05:58 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 怪訝な自体が進行中である(進行中であったと書くべきか)。自衛隊を合憲をとする人物が率いる社会運動団体が、あろうことか平和勢力として安倍政権に敵対するものと見なされているのだ。

僕はどっちかというと護憲、自衛隊合憲、彼は、自衛隊の法的安定性の為に改憲するべき立場
https://twitter.com/aki21st/status/646874083347464192

 こんなあほらしいことはない。SHIELDsのスポークスマンである奥田愛基は、Twitterで自衛隊合憲論者であることを明らかにしている。自衛隊合憲論者を担ぎ上げる平和運動とは何だろうか?自衛隊合憲論者が、そのことを問われることなく、まつりあげられことの悪影響大きいのではないだろうか。

 また、全国で安保法制に反対したのは、SHIELDsだけでもない。まるだSHIELDsだけが反対したかのような、このような注目の浴びせ方は良くないのではないだろうか?

 それにまた、SHIELDsは運動内の国民主義やセクシズムや国民主義(「国民舐めるな」)をでもある。

 また、弾圧が起きたときに、奥田愛基のアカウントが妙なことを口走っていたのも気になる。現在は削除されているが、奥田は「中核、革マルまじでやめて欲しい。何なんだよあれ」とツイートしていたのだ。

 自衛隊にも天皇制にも日の丸にも反対しない、弾圧にも反対せず、警察の言うことはよく聞く。つまりはそれが「良い社会運動」「新しい社会運動」なのだろう。これはマスメディアの求める人畜無害な運動とぴったり重なり合わさる。結局、「権力と比べて」ではなく、「既存の運動と比べて」シェアを拡大できればいいのだ。

 多少異議を申し立てこそすらが、社会の根本本は揺るがさない運動。デモの後にゴミ拾いをする運動。デモの後にゴミ拾いをするというのは象徴的で、社会の中にあるマナーの方がデモより上というかれらの価値観をよく表している。

 偽物のデモが起きることは、デモが起こらないことよりも絶望かもしれない。確実なのは、日本社会も日本の社会運動もこれ以上悪くなるであろうことだけだ。

by BeneVerba | 2016-03-07 05:01 | 意見 | Trackback | Comments(2)
 私が大月書店から、『ウォール街を占拠せよーーはじまりの物語』の翻訳を打診されたちょうどその頃、私は、あまりにも長い抑鬱状態から回復しようとしていたところだった。私の病状をなんと説明したものだろう?おそらく、それを語るにはまた別の文章を書くべきなのだろう。

 私の場合病状が悪化すると、まるであらゆるエネルギーを使い果たしたように、いわば「電池切れ」の状態になる。「exhausted」になる。簡単に述べるなら、そうだ。それは文字通りの生き地獄である。それが何年も続く。

 私が病に冒されるようになったのは、ちょうど思春期に入ろうとしていた頃だった。小学生の高学年の時に、何か「妙な感覚」がしたのを覚えている。ただし、それがその後の本格的な症状と関係あるかどうかまではわからない。それゆえに、私には思春期がない。病に覆い尽くされてしまっているからだ。

 高校生活は悲惨そのものだった。後半は、ほとんど学校にも行かなかったが、当時の担任の先生の助力もあって、なんとか卒業できたようなものだった。

 高校の卒業式に出席し、通学鞄を部屋の片隅に投げ捨てたあと、私は「電池が切れた」。そのまま最低限の社会生活を送ることもできなくなったのだ。

 部屋の片隅の通学鞄は、一〇数年以上同じ場所にあった。


 事態が突然好転したのは、二〇一〇年の冬から春にかけてである。それにもちょっとしたエピソードがあるのだが、別の機会に譲ることにしよう。

 ある程度動けるようになった私は、自分がどのくらい回復したのか試すつもりで、とりあえず語学の勉強をはじめ、資格試験をうけてみることにした。それなりに悪くない結果を得て、自信を深めた私は、さらなる社会復帰の道のりを目指そうとした。


 明くる二〇一一年になって、ご存じのように東日本大震災と福岡第一原発の事故が起きる。私は、原子力発電に反対するために、福岡で最初に開かれた最初の一回か、二回のデモに参加した(これは福岡サウンドデモ裁判として争われたデモでもあった)。後から知り合う人たちも、九州電力本社前で抗議などしていたという。

 当時の福岡のデモの雰囲気は、危機の中にも希望がある、そういう感じだった。おそらく、みな事故の危機感を共有していたと思うが、同時に混沌とした活力のあるデモでもあった。東京の悪いところを真似して、日の丸を持ってくるような馬鹿はまだいなかった。ただし、その混沌とした可能性の中に危険性も潜んでいたかもしれない。


 私は都合が付く限り、反原発運動に参加しながら、資格などの勉強を続けていた。そして、同じ二〇一一年の九月には、「ウォール街を占拠せよ」として知られることになる抗議運動が、ニューヨークで起きる。

 「はじまりの物語」訳者後書きでも書いたとおり、それに何よりこのブログを遡ればわかるとおり、私がこの運動の文書を翻訳するようになったのは、全くの偶然からである。

 ナオミ・クラインの印象的なスピーチが、インターネットを通じて流れてきたのだが、誰も翻訳している人がいなかった。そこで、私はその週の日曜日を使ってそれを翻訳したのだった。もし、彼女のスピーチの上手な翻訳を、それまでに誰かが発表していれば、私が翻訳しようなどとは思わなかっただろう。


 翌年二〇一二年になって、大月書店から本を一冊訳してみないかと打診があった。無名の私が本を訳せると言っても、すぐにその話に飛びついたりはしなかった。私の社会復帰とどちらを優先すべきか迷った。場合によっては、大月書店からの打診を断り、何かもっと別のことに時間を割いた方が良かったかもしれなかった。

 結局、サイトを運営する宣伝にもなるかとも思い、引き受けることにした。重い決断だった。ひきうけた以上は、二冊目のオファーがあるかどうかもわからないのだから、精一杯この一冊に力を込めようと思った。

 打診に対して、私は、自分の身の上について率直に明らかにしたメールを送った。病や経歴も含めてだ。これは私の性分なのだろうが、私は人から知られていないことを好む。大月書店とは、できるだけ匿名性の高い形で接触しようとしていた(結局それは不可能だとわかったが)。

 私にとって好ましいのは、「私のことが知られている」ことではなく、「(私のことは知らないが)私のした仕事は知られている」状態である。だが、大月書店との係争によって、私は自分のアイデンティティを公表せざるを得なくなってしまったのは、非常に残念なことである。

 翻訳作業の中のやりとりで、大月書店の編集者岩下結は、私のルーツに対してある程度の理解を示していた。同書に「POCcupy (People of Color Occupy Wall Street Too!)」という占拠運動内のマイノリティ・グループを中心とした章があるのだが、岩下は次のようなメールを私によこしている。

「POCuupy」の訳稿、拝読しました。ベーネさんの問題意識、そしてこれまで意見交換してきたことからしても、重要な論点の含まれた章ですね。この章の構成や文体のぎこちなさ自体が、OWS内部の葛藤を反映しているようにも感じられます。OWSを単に美化するのでなく、こういった葛藤や模索の中にこそ日本の運動が学ぶべきものが多くあるように思います。

 私にとって、岩下が反原発運動内の右翼的傾向を控えるように、脅しをかけてきたのは、青天の霹靂だった。上の引用が示唆するように、岩下は、私のルーツも思想信条のことも知った上で、そのようなことを言ってきたのである。

 言うことを聞かないと、交渉中の翻訳契約は反故にする、というのは脅しでなくて何であろう。

 二〇一〇年の回復期から、一転、大月書店との間に係争を抱えることによって、私の体調は悪化の一途をたどっていた。特に、昨年の秋から年末・年始にかけては、ほとんど言っていいほど動けない状態が続いた。「電池切れ」「exhausted」になったのだ。だが、それも徐々にではあるが回復しつつあるようだ。

 あくまで個人的な経験から言うと、差別を受けたときには、立ち止まって戦うか、やり過ごすかだ。どうやら戦って前進することはできないらしい。戦うには、それまでやっていたことを中断するしかない。立ち止まるしかない。

 大月書店とのやりとりは、私の回復に大きな損傷を与えたし、今も与え続けている。差別の被害をそれ以上を受けたくないときなどに、個人の選択としてやり過ごすことも決して否定はしない。だが、私は傷付きながらも戦うことを選んだ。

by BeneVerba | 2016-01-24 07:39 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 いわゆる「カウンター」や東京大行進のコンセプトを聞いて、誰もが思ったことは「差別者が反差別運動だって?」ということだ。中心メンバーでもある野間易通やのいえほいえは、それまでにも、在日朝鮮人や精神疾患者への差別発言で知られていたからだ。差別者による差別のロンダリング……という論評が聞こえてきたのも当然だろう。

 そして、その「差別者による差別のロンダリング」は大成功している。

 これは個人的には、しばき隊/カウンターを批判してきたことで、野間他から、言葉のリンチ・差別を受けてきた私にとっては深刻きわまる事態である。自分に対して、さんざん差別発言をしてきた相手が、「反差別の旗手」としてメディアに取り上げられ、自分への差別は黙殺されてしまう。抑圧の「反差別」である。

 まして、私は大月書店とも民族差別問題を抱えており、ちょうどいじめっ子が「こいつはいじめていいヤツ」とマークしたように、好きなように差別される状態になっている。以前にツイッターに書いたことだが、差別とは社会的な激痛のことである。差別を受けたことによる傷口はふさがっていないし、いまだに血を流し続けているのだ。


 男組は解散したそうだが、こと「反差別」をテーマに掲げた東京大行進や自称「カウンター」は、文字通りの意味で「反差別」「カウンター」ではないと言える。どういうことかと言うと、それは、国民国家という枠組みと天皇崇拝を容認した上で、囲いの中の羊のように、その枠組み内で「反差別」を目指すということである。

 それがどれほど危険なことかわからないだろうか。かつて、朝鮮民族も「臣民」として制限付きながら権利を認められていた。それと同じようなものである。まして、日本という国家に直接支配された在日朝鮮民族が、正面からの敵である日本の帝国主義と戦わず、その派生物である在特会を主敵に据えるのは錯誤と言うほかない。

 差別の解消とは、無権利に状態にちょっぴりだけ権利が与えられることではない。在特会も、「普通の日本人」が垣間見せる排外主義も、大元にあるものは一緒である。そこを攻撃しなければどうにもならない。そして、(何も「在特会にリソースを集中させる」戦略を採らずとも)それは可能である。

 その第一歩は、在特会に限らず、日本社会そのものが骨の髄まで排外主義であることを認識し、それを敢然と拒絶することである。

[追記]
 目の前に天皇主義の右翼がいるとしよう。かれは「ヘイトスピーチに反対する」と主張するかもしれない。だが、差別に反対するのならば、右翼であることを放棄せず、いけしゃあしゃあと「ヘイトスピーチに反対する」と言ってのけるこの右翼こそが敵なのだ。

 同様、原発に反対すると称する右翼がいるとしよう。原発推進派のみならず、右翼であることを放棄せずいけしゃあしゃあと反原発ぶってみせるこの右翼こそが敵なのだ。

[追記」
 簡潔に言うのならこうだ。どうして天皇の名の下朝鮮民族が支配されたのに、現代の天皇主義者とその同調者が、恥知らずにも「反差別」などと言えるのだ?

by BeneVerba | 2016-01-23 00:21 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 東日本大震災が起きたときに、私はすぐさま地元福岡の反原発運動に参加した。やがて知ることになるのは、主に東京の方で「反原発運動に右翼を迎え入れるかどうか」「反原発運動での日の丸を許容するかどうか」という問題があることだった。

 その時、すぐさまそれはあまりにばかげた問題だと思った。原発政策は国家により進められており、右翼は各地の原発建設において下働きの仕事をしてきたことは知られることだ。つまり、反原発運動に両者の要素が入り込む余地はない。だが、この時また、私は、これはおそらく東京という特異な場所のみの現象だろうと考えていた。

 だが、やがて、福岡の地で日の丸を掲げようとする馬鹿者が現れることになる。私は、大月書店と日の丸の一件で揉めたり、その後労組に加盟して活動するよりも以前から、この傾向に抗ってきた。持ってくる人に個人で注意に行ったりしていたのも、それらの前だ。

 さて、一方で「日の丸にも右翼にもノー」という同様の主張をインターネット上でも繰り返してきた。その結果受けたのは、それらを快く思わない人々からの差別暴言だった。


 これまでにも告発してきたが今回は少し、それを改めて一覧したい。

 「(反原発運動における日の丸の問題は)君が朝鮮人かどうかはこの場合全く関連しない。君の「運動原則論」じたいが迷妄している、というだけ」(山本夜羽根)。

 日の丸と一緒に反原発デモを歩けないのは、日本帝国に(あるいは日本に)踏みにじられたルーツを持つものとして当然のことであろう。山本はこのように言うことによって、「自分は差別主義者ではなく、しゃかいうんどうろんの問題として、日の丸問題を話し合っている」と主張したいのだ。

 「お前日本人だろ」(凡)

 ここで凡が言っているのは私が日本国者であるという意味ではない。お前には在日朝鮮人について、語る資格がないと言っているのだ。だが、当然のことながら日本国籍の在日朝鮮人も存在しており、それ特有の悩みがある。それを否定するのは差別である。何よりも理解していないのは、私のような存在が朝鮮人でもあり日本人でもあるということだろう。

 「日本国籍の匿名のクォーターが、民族名で矢面に立ってる「バリバリの在日」に向かってすごいこと言うな……」(野間易通)

 上と同様の「日本国籍の在日朝鮮人」「クオーター(私はあまりこの言葉を使わないが)」である。ここで野間がやっていることのひどさを見よう「日本国籍の匿名のクオーター」と「民族名で矢面に立っている『バリバリの在日』」を、マジョリティである日本民族・日本国籍の立場からかくづけしているのである。これが差別でなくて何であろう。

 このような使われ方をされて、侮蔑されたと感じられない李信恵の差別への鈍感さも信じられないことである。なお、そもそも野間が「私が在に朝鮮人として何をしているか」に口出しする権利がないことは言うまでもないし、私は自分の活動を全ては後悔していないので知るはずもない。

 「療養中ならTwitterで議論しようなんて思わない方が良いですよ。 碌なことが無いから」(原田裕史)

 他も似たり寄ったりながら、原田裕史は生粋の差別主義者だろう。反原発運動の右傾化路線を肯定した調歩運人であるにとどまらず、そのことを私に追求された時の捨て台詞がこれである。ここには悪辣な意図がこもっている。それは「相手は病気だ。病気だから相手の言うことは、無視して良い」というものである。

 相手の議論を封じ込める手段として最悪のものであろう。野間易通も「キチガイ」と言う言葉を多用する。、私は「キチガイ」とか「チョン(この言葉を書くのにも抵抗があるのだが))という言葉だけが、差別だと思って欲しくない。「療養中ならTwitterで議論しようなんて思わない方が良いですよ」とか、「日本国籍の匿名のクォーター」を貶める発言も(場合によってはもっと悪質な)差別である。

 「ほんとにご病気だとしたら、ツィッターはあまりよくない気が」(上瀧浩子)

 これはさんざん上で出た例だ。相手を病気認定することによって、相手の訴えを無効化する論法だ。それにしても不思議なのは、私が上瀧浩子さんに何かひどいを言ったことはないのに(ツイッターで相互フォローだったこともある)、このような考えに至る思考法だ。共産党系とも目される彼女ゆえだからだろうか。

 だが、冒頭で述べたように、私は反原発運動のナショナリズム化・ポピュリズム化に反対し続けており、スタンスを変えてはいない。

 「お薬の飲み忘れか」(KangKim)

 同じく。彼は医者だそうだ。


 これらの人々に共通するのは、まずもって本来は政治的意見の違いがもんだとなっていること、にもかかわらず相手を差別し貶めることで、「自分の意見は正しく、相手の意見は間違っている」とすることにあるだろう。また、おそらく自分は差別に反対していると信じていることでもあろう。

 だが、これらの人々は、最も卑劣で最も単純な種類の差別者である。

by BeneVerba | 2015-12-25 02:55 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 福岡県労働委員会と大月書店を相手にした行政訴訟は、控訴審へと移ります。この一〇月の下旬に控訴理由書を提出しました。第一回公判は、このニュースのおよそ二週間後の一一月一八日を予定しています。

 控訴理由書で特に強調した点がいくつかあります。一つは、先日のニュースにも書いたように、福岡県労働委員会の命令書が、単に組合の訴えを退けているだけでなく、大月書店が日の丸批判、反原連批判をやめるように言ってきたことは、問題なかったとしている点です。

 全くばかげています。「左翼出版社」から翻訳本を出している私が、日の丸を批判したからといって、売り上げに響くはずはありません。また、首都圏反原発連合という、大月書店とは何の関係もない(はずの)団体を批判したからといって、なぜ大月書店の岩下が気にするのでしょうか?

 もう一つ強調した点は、使用者と労働者の非対称性です。労働者性の問題、つまり、私が労組法上の労働者に当たるかどうかと言う問題で、争っていることはお伝えしました。ご存じの方も多いでしょうが、この問題はなかなか複雑なのです。

 今回は労組法の第一条にある、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」を目的とするという条文を前面に出して、団体交渉権はあるというような主張をしました。

 そもそも、福岡地区合同労組に労働相談を持ちかけたのも、日の丸や反原連を批判するなら翻訳契約はやらない、という一人では解決不能な無理難題を突きつけられたからです。

by BeneVerba | 2015-11-21 12:39 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 先日七月二九日に、福岡県労働委員会の決定取り消しを求める行政訴訟の判決が出ました。原告である福岡地区合同労組の訴えを棄却するというものでした。予想されたこととはいえ、つらい判決となりました。

 判決では、一通り双方の事実を認定した上で、あまり労働者性の議論には立ち入らず、単に労務対償性がないために、私には労働者性がないとしています。あっさりした、気の抜けるような判断です。

 それ以上のことは述べていないのですが、私がこだわるのは、その県労委の判断の内容です。そこでは大月書店からの人格侵害ともいえる要求を、業務上問題がないものとしているのです。この判断を地裁が支持していることになります。

 裁判所としては、団体交渉権を有するかどうかという点以外の判断は、避けたかったのでしょうが、そもそも団体交渉を行ったのは、大月書店が私に国民運動批判などをやめよ、という過大な要求をしてきたせいなのだから、こうした点についても汲み取ってほしかったと思います。

by BeneVerba | 2015-11-21 12:38 | 意見 | Trackback | Comments(0)