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帝国の言語としての英語を壊すために

 私が英語を操る能力は、当然にもネイティブ・スピーカーたちのそれに遠く及ばないだろう。だが、それが言語を運用する能力として本質的な劣性だとは思わない。同時にまた、私が英語より日本語の方に、はるかに習熟しているといっても、日本語の方が私にとって、より内面に近いとか、肉声であるだとか思わない。そうした見方は断固否定したい。

 それからまた、ネイティブ・スピーカーではない日本語話者が書いた「変な日本語」を笑いものにする風潮がある。人はそれらに滑稽さを感じるかもしれないが、そういう態度には大きな勘違いも含まれている。そうした「変な日本語」は、日本語の多様性のために、大いに喜ぶべきものであり、進んで迎え入れるべきものであると思う。

 私はこうしたことを、ウィリアム・バロウズのような「変な英語」で書く作家たちから、大いに学んだように思う。またアルンダティ・ロイも、「帝国の言語としての英語を壊すために」書いている作家の一人ではないかと思っている。

 私は言語というものに対して、また日本語と英語に対して、そういう興味の持ち方をしている。


To Confront English as A Language of Empire

My competence in English language is, of course, far from that of native English language speakers. But I don't think it is inferiority as an inherent competence in language. At the same time I don't think Japanese language is closer to internal existence or natural voices of mine. However I am far proficient in Japanese language more than English. I want to firmly deny such a point of view.

And there is a tendency which laughs about "ridiculous" words written in Japanese by non-native speakers. One may feel some kind of humorousness about those words, but such an attitude also contains significant mistakes. I think those "ridiculous" words are to be highly welcomed and willingly let in for diversification of Japanese language.

I think I learned a lot such things from authors who wrote in "ridiculous" English like William Burroughs. And I think Arundhati Roy is one of such authors who write "to confront English as a language of Empire"

I have an interest in language in general, and in Japanese and English language, in such a way.

by BeneVerba | 2012-07-31 16:12 | 言葉 | Trackback | Comments(0)
EXHIBITION: MAY 1ST GENERAL STRIKE KOREA
【展示】ゼネラル・ストライキ・コリア@イレギュラー・リズム・アサイラム
2012/07/29~08/05 - ゼネラル・ストライキ・コリア
引用元:http://generalstrikekorea.tumblr.com/post/26689930608/2012-lgbtq

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 2012年労働者の日、韓国の若き不安定労働者、青少年、障害者、学生、家事労働者、LGBTQ、失業者、ニート、ひきこもり、農業従事者、アナキスト、アクティビストたちが、この日を仕事をしない日(No Work)、授業に出ない日(No School)、家事をしない日(No Housework)、消費をしない日(No Shopping)など、各自様々な宣言を掲げた。自ら作ったプラカード、横断幕、王冠(基本所得)、巨大風船、巨大人形、サウンドリヤカー、移動式トイレ、植木鉢、種爆弾などを持ち、「都市を麻痺させよう!通りに出よう!」というスローガンを叫びながらソウルの中心街でデモ行進を行った。

 この「ゼネスト行進」はOccupy運動に参加した全世界のプレカリアートと共に行われた。現在、全地球的システム「資本主義」が私達のために存在しているのではないにもかかわらず、積極的であれ消極的であれ、このシステムに参加せざるをえないものとして維持されているという点に着目した。このシステムを打破できる方法は、私達自ら屈辱的な参加を拒むこと、すなわちこのシステムを麻痺させることであると考え、結集したのだ。

 また、「ゼネスト」という最も伝統的な労働アジェンダを政治家たちはおろか労働組合さえ叫ぼうとしない。そのため、つまり私達「身を寄せる家もなく貧困に喘ぐ若者たち(プレカリアート)」が先頭に立って、このアジェンダを表面化させるとともに、ほぼ完全に奪われている政治的権利を自ら取り戻すことを宣言した。

 1997年のアジア通貨危機に見舞われてから15年、新自由主義の猛攻に対応できなかったのは韓国経済だけではなかった。うんざりするような疲弊を打破できない韓国の社会運動、そして四方八方塞がりの真空状態の中で、これ以上反応しなくなった私達一人一人の身体こそが新自由主義における最大の被害者であった。

 2012年5月1日。まるで新自由主義の閾値を測るための生体実験の場のような韓国社会で、散り散りになり、最も弱く、最も蔑ろにされてきた人々が、大き な声を張り上げ、資本主義という絶対的な力を止めようと楽しげに通りに出た。この記録を<GENERAL STRIKE EXHIBITION:都市を麻痺させよう!通りに出よう!>として残した。


ゼネストに参加したワークグループ:
ソウル占領者たち / 基本所得青少年ネットワーク / Listen to the City / パートタイムスイート / 大学生 人の連帯 / ランテェン / キム・キジョ (デザイナー) / ヒョン・ヨンソク / Headache / ノドゥル障害者野学 / タルグン / チェファ団 / コ・ビョンゴン / イダ / シン・ボソン / ソン・ギョンドン / 淫らな行進 (Slutwalk_Korea) / スユノモN / スユノモR / キン (映像作家)/ 植田二郎 / チン・ウニョン / あすなろソウル支部 / 基本所得韓国ネットワーク / Doandanユ・ミョンサン / ムキムキマンマンス / Kit-toast / 種を蒔く人々 / 反資本主義研究会 / またの集い / 西江大総学生会 / 釜山慶州Occupy大学生運動本部 / 慶煕大政経大学生会 / 韓国外大日本語大学生会 / 成均館留学大学生会 / パク・ジョングン / ジョン・ミヨン / 性労働者権利の集いGG / アンデス / キム・ジョンウン / DJハバグク / ヤマガタ・トゥイクスター / キム・イェチャン / 機械対抗ストライキ団 / かたつむり工房 / イ・テックグァン / パク・ダハム / Bissan throphy Records / Marginal Theatre Festival / イ・ジンギョン / ワーク・オン・ワーク / ミックスライス / Okin Collective / トゥムルモリ田委員会 / 人民ボニョンイ / チョンスン / 青い映像 (ドキュメンタリー制作集団) / イ・ソノック

by BeneVerba | 2012-07-31 10:33 | 転載 | Trackback | Comments(0)
全てのマイノリティは新しいマジョリティである
The All Minority Are The New Majority
2011年10月30日 - アンジェラ・デイヴィス
原文:http://www.youtube.com/watch?v=dVm9oIt5vPk





 この午後に、あなた方の中に加わるのは、本当に名誉なことです。なぜなら、あなた方は私たちの政治的世界を再発明したからです。あなた方は、私たちの集団的な情熱を新たにしました。あなた方は、私たちに思い起こさせてくれました。抵抗の共同体を築くことは未だ可能だと。あなた方は、私たちに示し続けています。その参与、献身、協働の姿勢を。そして、容認を拒否するあなた方の姿勢を。階級的ヒエラルキー、人種的ヒエラルキー、ジェンダー・ヒエラルキー、セクシャル・ヒエラルキーを拒否する姿勢を。

 あなた方の運動は、マジョリティに呼びかけるものです。マイノリティに対して立ち上がることを。あらゆるマイノリティは、今や新たなマジョリティとなったのです

 そうして、私たちはウォール街に対して「ノー」と言うのです。大銀行に対して「ノー」と言うのです。年に数百万ドルも稼ぐ大企業の経営陣に対して「ノー」と言うのです。学生の抱える負債に対して「ノー」と言うのです。強制排除に対して「ノー」と言うのです。警察の振るう暴力に対して「ノー」と言うのです。グローバル資本主義に対して「ノー」と言うのです。刑務所産業複合体に対して「ノー」と言うのです。レイシズムに対して、「ノー」と言うのです。階級的搾取に対して、ホモフォビアに対して、ゼノフォビアに対して、トランスフォビアに対して、身体障碍者への差別に対して、環境汚染に対して「ノー」と言うのです。そして私たちは、軍事的な占拠に対して「ノー」と言うのです。戦争に対して「ノー」と言うのです。

 私たちは「九九%」として団結しています。そこには重大な責任があります。この場所に共同体として集う決断をしたことについて。どうすれば、私たちはともに結びつくことができるのでしょうか?どうすれば、私たちは一つに結ばれることができるのでしょうか?過度に単純化されたものでなく、抑圧的なものでもない統一においてです。どうすれば私たちは、複雑でありながら、解放するような統一において結びつくことができるのでしょうか?

 ここでアフリカ系のフェミニスト、オードリー・ロードの言葉を引用したいと思います。「差異は単に容認されるべきものではない。それは欠かせない極性として見なされなくてはならない。私たちの創造性が誘電体のように火花を散らすために必要なものとして」

 このような複雑な統一の中において、私たちは、人生に対して「イエス」と言うのです。幸福に対して
「イエス」と言うのです。共同体に対して「イエス」と言うのです。教育に対して、教育の無償化に対して「イエス」と言うのです。経済的な、人種的な、ジェンダー的な、セクシャルな平等に対して「イエス」と言うのです。そして、私たちは想像力に対して「イエス」と言うのです。創造性に対して「イエス」と言うのです。希望に対して、未来に対して「イエス」と言うのです。

 最後に、私の故郷について、少し述べたいと思います。カリフォルニア州オークランドです。「オークランドを占拠せよ」での警察の襲撃については、ご存知ですね。撃たれたスコット・オルセンはまだ病院にいます。オークランドのジェネラル・アセンブリーは、オスカー・グラント広場で集会を開き、警察の襲撃への応答として、一一月二日のゼネストを呼びかけました。ゼネストです。これは革命的なことです。

 オークランドの抗議者たちの言葉を、あなた方と分かち合いたいと思います。「オークランドを非植民地化せよ」「我々は九九%だ」「我らは団結し立ち向かう」「二〇一一年一一月二日」「ゼネスト」「労働を拒否せよ」「学校を拒否せよ」「あらゆる場所を占拠せよ」。

 どうもありがとうございました。



訳者コメント
 昨日7月17日投稿したアンジェラ・デイヴィスの「ウォール街を占拠せよ」でのスピーチの翻訳を元に、動画に日本語字幕を付けて公開。上記テキストは字幕を形式のみ整えたもの。詳しいデータなどはそちらを。字幕付き動画の作成よりも、スピーチの質疑応答部分の翻訳を優先するつもりだったが、あまりにも分量があるため(後半部分は40分の長さ)先にこちらを。

by BeneVerba | 2012-07-18 20:51 | 動画 | Trackback | Comments(0)
7/8
「は」と「が」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:38:05

「~するように」と「~するよう」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:38:41

「~した」「~したのだった」「~したのだ」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:39:21

「デビッド」「デヴィッド」「デイヴィッド」のどれなのかがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 06:42:43

「~へ」「~へと」「~に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 07:13:23

「~した」と「~したのであった」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:44:01

7/16
以前にもツイートしたような記憶があるが、「~し」と「~して」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:44:32

シュプレヒコールは「上げて」なのか、それとも「唱えて」なのか。#言葉の使い分けがわからない
posted at 16:46:54

なぜ「David Graeber」は「デヴィッド・グレーバー」で定着したのか。「デイヴィッド」ではなく。#言葉の使い分けがわからない
posted at 23:19:15

7/17
「あなた方」と「あなたたち」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 03:07:27

「インターネット」と書くのは平気だが、「ネット」とはどうしても書けない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 07:12:31

「nation」は「民族」と訳せるか。文脈によってそう訳すこともあるな。#言葉の使い分けがわからない
posted at 14:01:22

「~に」と「~に対して」の違いが全くわからない。語感で使い分けている。#言葉の使い分けがわからない
posted at 14:51:16

@mitra_maurya そうか、「民族」の他に「国民」でもあり「国家」でもありますね。「people」もまた「民衆」である他に、時に「民族」や「国民」である「ambiguous」な言葉です。
posted at 15:02:14


7/18
「十分」と「充分」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:26

「この」と「その」の使い分けがわからない#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:45

「一緒に」と「ともに」の違いがわからない。言語学者なら知ってるのか?#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:26:56

「増えた」と「増加した」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:11

「言った」「述べた」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:22

「した際に」と「した時に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:27:45

「の」と「こと」の違いがわからない。ってわかる?「~するということは」「~するというのは」とか言うでしょ?#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:28:34

「~へ」「~へと」「~に」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:28:51

ただの同義語じゃないかとか言ってはいけない。これらにはちゃんとそれぞれの意味があるのだ。というか「同義語」と「同意語」の違いがわからない。#言葉の使い分けがわからない
posted at 02:33:20


7/31
「とりわけ」と「特に」の違いがわからない。個人的に好みなのは「とりわけ」の方。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:11:48

「当初」と「最初」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:11:57

「すら」と「さえ」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:07

「同じく」と「同様に」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:14

ブログをやっている人は「ブログ主」なのか、「運営者」なのか、「管理者」なのか、「筆者」なのか。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:23

疑問の最後に「か」は必要なのかどうか。「~なのでしょうか?」と「~なのでしょう?」の違いがわからない #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:32

「申し出を受ける」という言葉があるのに、その反対であるべき「申し出を出す」という言葉は同語反復的に感じる。「申し出をする」と言わなければならない。不可解である。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:44

「深遠な」と「深甚な」の違いがわからない。 #言葉の使い分けがわからない
posted at 04:12:52

by BeneVerba | 2012-07-18 02:52 | 言葉 | Trackback | Comments(15)
 このブログで翻訳を公開しているナオミ・クラインの長文論説「〈資本主義〉対〈気候変動〉」を元に、PDFファイルを作成し、Scribdで公開(なんと表紙付き)。以前にもこのエントリでPDF化したものを公開していたが、今回より方針を変更し、ダウンロード可能な設定にした。

 初めてのこともあり、通常の誤訳などの指摘の他、ファイル作成上のミス、Scribdの設定ミスなどあれば、ぜひお知らせ頂きたい。
http://www.scribd.com/doc/100307260/

*このエントリは今回のPDFの公開に当たって全面的に書き換えた。

by BeneVerba | 2012-07-17 22:12 | PDF | Trackback | Comments(0)
全てのマイノリティは新しいマジョリティである
The All Minority Are The New Majority
2011年10月30日 - アンジェラ・デイヴィス
原文:
http://pastebin.com/9sEVQv2K
http://www.youtube.com/watch?v=HlvfPizooII


 この午後に、あなた方の中に加わるのは本当に名誉なことです。なぜなら、あなた方は私たちの政治的な世界を再発明したのですから。あなた方は、私たちの集団的な情熱を新たにしました。あなた方は、抵抗の共同体を築くことは未だ可能だと私たちに思い起こさせてくれました。あなた方は、私たちに、その参与、献身、協働の姿勢を示し続けています。階級的ヒエラルキー、人種的ヒエラルキー、ジェンダー・ヒエラルキー、セクシャル・ヒエラルキーを容認することを拒否するあなた方の姿勢を。

 あなた方の運動は、マイノリティに対して立ち上がることを、マジョリティに呼びかけるものです。あらゆるマイノリティは、今や新たなマジョリティとなったのです。

 そうして、私たちはウォール街に対して「ノー」と言うのです。大銀行に対して「ノー」と言うのです。年に数百万ドルも稼ぐ大企業の経営陣に対して「ノー」と言うのです。学生の抱える負債に対して「ノー」と言うのです。強制排除に対して「ノー」と言うのです。警察の振るう暴力に対して「ノー」と言うのです。グローバルな資本主義に対して「ノー」と言うのです。刑務所産業複合体に対して「ノー」と言うのです。レイシズムに対して、階級的搾取に対して、ホモフォビアに対して、ゼノフォビアに対して、トランスフォビアに対して、身体障碍者への差別に対して、環境汚染に対して「ノー」と言うのです。そして、私たちは、軍隊の占拠に対して「ノー」と言うのです。戦争に対して「ノー」と言うのです。

 私たちは「九九%」として団結しています。この場所に共同体として集うという決断をしたことに関して、あなた方には重大な責任があります。いったいどうすれば、私たちはともに結びつくことができるのでしょうか?どうすれば私たちは、過度に単純化されたものでなく、抑圧的なものでもない統一の中で結びつくことができるのでしょう?どうすれば私たちは、複雑でありながら、解放するような統一において、結びつくことができるのでしょうか?

 ここでアフリカ系のフェミニスト、オードリー・ロードの言葉を喚起したいと思います。「ことなりは単に容認されるべきものではなく、私たちの創造性が誘電体のように火花を散らすために必要な、極性の元となるものとして見なされなくてはならない」。

 このような複雑な統一の中において、私たちは、人生に対して「イエス」と言うのです。幸福に対して「イエス」と言うのです。共同体に対して「イエス」と言うのです。教育に対して、教育の無償化に対して「イエス」と言うのです。経済的な、人種的な、ジェンダー的な、セクシャルな平等に対して、「イエス」と言うのです。そして、私たちは想像力に対して「イエス」と言うのです。創造性に対して「イエス」と言うのです。希望に対して、未来に対して「イエス」と言うのです。

 最後に、私の故郷であるカリフォルニア州オークランドについて、少し述べたいと思います。「オークランドを占拠せよ」での警察の襲撃については、ご存知ですね。スコット・オルセンはまだ病院にいます。オークランドのジェネラル・アセンブリーは、改名されたオスカー・グラント広場で集会を開き、警察の襲撃に応答すべく、一一月二日のゼネストを呼びかけました。ゼネストは革命的なことです。

 オークランドの抗議者たちの言葉を、あなた方と分かち合いたいと思います。「オークランドを非植民地化せよ」「我々は九九%だ」「我らは団結し立ち向かう」「二〇一一年一一月二日」「ゼネスト」「労働を拒否せよ」「学校を拒否せよ」「あらゆる場所を占拠せよ」。


 どうもありがとうございました。



訳者コメント:
 アンジェラ・デイヴィスが、昨年10月30日にワシントン・スクエア公園で行った講演の前半部分。時間的な問題と分量の問題から、質疑応答は省いてまずスピーチ部分だけをアップロードすることにした。後半の質疑応答部分は、明日以降に投稿する予定(あくまでも予定)。

 アンジェラ・デイヴィスについて、私は偉そうに語れる者ではないのだが、アメリカ共産党とブラック・バンサー党の両者に深く参与した彼女は、傍らに置くことが許されない、多様な方向性を指し示す現代アメリカ史の一つのイコンであるように思われる。

 例によって、書き起こしと動画の両方を参照しつつ、より正しいと思われる語句を選んで訳していった。不明瞭な点は思い切って意訳した。こうした問題について、読者からの指摘があれば幸いである。なお、このスピーチで「フェミニスト」と呼ばれているオードリー・ロード(Audre Lorde)は、ニューヨーク生まれの詩人、作家、アクティヴィストで『Zami: A New Spelling of My Name』などの著作がある。

7/18の変更点:
 「a unity that is complex, and emancipatory」の部分を訳し忘れていたので追加。その他この翻訳を元に日本語字幕付き動画を作成する際に気になった箇所を二、三修正。

by BeneVerba | 2012-07-17 15:16 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
新しい資本主義
I Want A New Capitalism
2011年09月19日 - ロザンヌ・バー
原文:
http://feministing.com/2011/09/21/rosanne-barr-speaks-at-occupy-wall-street-protest/
http://www.youtube.com/watch?v=ZyoRcEF6ox8





 私がほしいのは新しい資本主義です。戦争によって経済を活性化するのではない資本主義です。生み出された富をほんの一握りの白人の手に握らせて、それを「自由貿易だ」などと呼ぶことのない資本主義です。お年よりが実際に退職金の支払いを受けられる資本主義です。私たちはそうした資本主義を得ることでしょう、そうすれば社会主義もまた得ることになるのです。教育、基本的な憐れみの感情、ヘルスケアもです。私が言っているのは辛い仕事と野心とが報われ、か弱い子どもたちに思いやりを持って接することのできる体制のことです。フェミナチと呼ばれる人々は、こうしたことを指して反逆罪だと言いつのることでしょう。

 私たちは資本主義と社会主義を組み合わせ、様々な理想が手を携えて実際に機能する体制、民衆主義(peopleism)とでも呼ばれるべき体制を築くのです。増長したでぶっちょのラジオ番組の司会者たちが、飢えた人々に暮らしを切り詰めるように説くからといって、もしくは、あの忌々しいアイン・ランドの本があるからといって、たった一つの頑固なイデオロギーへとむやみにしがみつく人はいないでしょう。私たちは実際に折衷的であり、順応的であり、合理的な判断を下すでしょう。私たちは、良識に基づいた解決策を生み出すことでしょう。

 ここにいるあなたたちのことを嬉しく思います。これほど多くの私たちが、私たちを制御するプログラムを実際に破壊したことに、まさに今わくわくしています。長年に渡って私たちがその中に住んでいた、私たちの精神をコントロールするプログラムです。あなたたちに敬意を表します。あなたたちが自由に志向していることに対して、敬意を表します。

 (抗議者のサインを読みながら)「腐敗せる者は我らを恐怖し、誠実なる者は我らを支持し、勇敢なる者は我らに参加する」。あなたの仮面気に入ったわ。あなたたちみんなのことが気に入った。

 私たちはみな自由を愛しています。素晴らしい作家であり、素晴らしい女性であるメアリー・ダリーの言葉を引用したいと思います。彼女は私のアイドルなのです。「真実のない自由というものはない」。

 私たちが何をしなければならないのかを、述べたいと思います。私たちは小さなエゴを集めて、大きなエゴを形作らねばなりません。それが六〇年代頃に最初に左派がしたことです。私はその時代に、みんなが結束と団結のために、小さなエゴを慎むようにしていたのを見ていました。それこそが私たちがしなければならないことです。エゴを脇に置くのです。「新しく自分のウェブサイトを作ったんだ」なんて言わないでください。既にウェブサイトを運用して仕事をなしている人々を探し出して、その仕事に参加し、自発的に活動するのです。

 それが私たちのしていることです。私たちには味方としてチームスターがいます。後はあらゆる支店とあらゆる道路を封鎖するのです。それは困難な仕事です。どうすれば成し遂げることができるのでしょうか?単にそこまで歩いて行って、そうするまでです。彼らの退職金を盗んでいる人々に反対している警察官たちもまた、私たちの味方です。私たちは警察だけでなく、軍隊に対しても団結を求めていくことでしょう。

 最初に集まったあなたたちのような人々は、そう、あなたたちのことです、どうしようもなく行き詰まっている。つまり、私たちはみなどうしようもなく行き詰まっているということです。アメリカで年収が二五万ドル以下の人間はみなどうしようもなく行き詰まっているし、強制労働に送られるか、無給で働くしかない。

 そして、そここそがこれから向かう先なのです。それを止めることはできません。あなたたちがしなければならないことが何であるにせよ、また、それが困難に見えようとも、私たちにはそれがわかっています。それが容易なら、やる価値はないのです。私にはあなたたちの声が聞こえているし、あなたたちには私の声が聞こえている。そして、私はそのことを知っているということを、知っておいてほしいのです。それほど間もないうちに、人々は五〇〇人ほどになるでしょう。二者択一などないでしょう。なぜなら、そここそが向かっている先だからです。

 他に選択肢はないのです。より多くの人々が権利を剥奪された状態にあります。私たちは既に、途方もない数によって勝利を収めています。私たちは、警察や軍隊にいる人々に参加を呼びかけています。なぜなら私たちは同じ敵に抗する同じ側の人間だからです。同じ状況に立たされた同じ人々なのです。そのことをよく考えてみましょう。

 何か他に付け加えることはありますか?



訳者コメント:
 女優でコメディアンのロザンヌ・バーが、「ウォール街を占拠せよ」で、昨年9月19日(つまり占拠開始の二日後)に行ったスピーチ。ロザンヌ・バーはエイミー賞とゴールデングローブ賞両賞の受賞者。

 原文として提示した動画と書き起こしを参照したが、書き起こしはやや不正確であり、彼女の語彙は口語的でくだけたものだ。そのためもあって(あるいはそれにかこつけて)、意訳した部分が多い。なお、動画には一箇所だが乱れる部分がある。読者からの誤訳等の指摘を歓迎したい。

 それにしても、この継続中の運動は可能性に充ちている。

by BeneVerba | 2012-07-17 04:49 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)
公式声明:私たちはウォール街を占拠する
First Communiqué: We Occupy Wall Street
2011年09月18日 - ウォール街を占拠せよ
原文:http://occupywallst.org/article/first-communique-we-occupy-wall-street/


 これは九九%からの最初の公式声明である。私たちはウォール街を占拠中である。

 二〇一一年九月一七日、およそ二〇〇〇人の私たちが金融街にデモをかけた。正午には私たちの先鋭がウォール街の先端へと向かい、ニューヨーク市警に逮捕するように促して、自発的な封鎖を行った。ストップ・ショッピング教会のビリー牧師と女優のロザンヌ・バーを含む話し手たちが、国立アメリカン・インディアン博物館の階段から群衆に話しかけた。その中には、コンシャスなラッパー、ルーペ・フィアスコやイモータル・テクニークもいた。

 大量に配備された警察をくぐり抜けながら、千名以上の私たちが、ボウリング・グリーン公園を出発し、「ウォール街は私たちの街だ!」「銀行ではなく民衆に力を!」などとシュプレヒコールを上げて、金融街を横切ってデモ行進して行った。多くの者がリバティ広場のところに残り、その後夜になると食事と水が振る舞われた。歌、踊り、操り人形などの芸術活動が、広場中に歓喜の声をもたらした。

 二〇〇〇人ほどの私たちは、コンセンサスによる意志決定プロセスに基盤をおく集会、ジェネラル・アセンブリーを開いた。一団は、ウォール街の回廊に囲まれたリバティ広場を、夜を徹して占拠することを決定し、寝袋の中や寄付された毛布に入り込んで眠った。東部時間の午前七時、日曜日の朝、絶え間のない警察の配備の中、私たちは依然として広場を保持している。次のアセンブリーが本日午前一〇時に予定されている。

 私たちは一つの声として語る。ウォール街へのデモ行進からリバティ広場での野営まで、私たちの全ての決定は、集団による、集団のためのコンセンサスを基板としたプロセスによるものである。



訳者コメント:
 昨年に発表された「ウォール街を占拠せよ」の最初の公式声明文。OccupyWallSt.orgにアップロードされた日付は9月19日になっているが、内容と曜日から判断して、占拠開始の翌日である18日日曜日に発表されたものではないか。原文中で「One Liberty Plaza」とある箇所は、通常ではマンハッタンにある高層ビルディングを指す固有名詞だが、文脈から判断して「リバティ広場」のことだと判断した。

[同日の変更点]
 いくつかの語句の変更。題名を「公式声明:私たちはウォール街を占拠する」に変更(以前は「公式声明文」としていた)。@mitra_mauryaさんの指摘を受けて、誤変換を修正。あらためて、どうもありがとうございました。

by BeneVerba | 2012-07-16 17:04 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
 テレビニュースも取り上げ始めた首都圏反原発連合による官邸前抗議は、「日の丸は許容、団体旗は禁止、『従軍慰安婦」否定の極右も許容」という方針をとっている。それが生み出した空間は、予想通りにも「国民国家」の再生であった。むろん、日の丸を掲げ、「従軍慰安婦」否定の歴史修正主義者を呼び、それらに反対する人を排除した結果である。

 以前から私は、こうした方向性を懸念していた。ツイッターで今年二月に、「原発運動の中の国民主義みたいなものが気になる。『想像の共同体』としての国民国家を、再想像することで、脱原発を目指しているように見える」と書いた。そして、後に首都圏反原発連合の主催者の一人となる人物に罵倒された。こうした方向性が現在全面化したものが、官邸前抗議である。

 首都圏反原発連合の公式アカウントは、日の丸容認の理由を問われて、「『特定の政治団体や政治的テーマに関する旗やのぼり、プラカード等』とみなしていないから」と返答した。恐るべき答えである。日の丸が日本の帝国主義を象徴する旗であるというだけでない。

 それが、日の丸を認めない外国人と日本人を抑圧するものだからであり、こうした姿勢は日の丸の持つ歴史性を無視するものだからであり、そしてなによりも、あらゆるイデオロギーの頂点にあるイデオロギーとして、日の丸を不可侵の立場に置くものだからだ。それに名前を付けるとしたら、私には「ファシズム」以外の名称が思い浮かばない。

 首都圏反原発連合のやり方には、私だけでなく、他の脱原発を願う人々も問題視している。この運動はマジョリティによるマジョリティのための運動である。「右も左もない」は、マジョリティ同士のなれ合いである。原発は差別と抑圧の基に成り立っていた。それを首都圏反原発連合が繰り返している。それは、そうした構造の再生産に他ならない。

 脱原発のためといいながら、こうした矛盾に荷担するよう仕向けているのは、首都圏反原発連合である。


*「日の丸こそが相応しい」と題された官邸前デモについてのTogetterも参照のこと。

by BeneVerba | 2012-07-15 14:36 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 現在利用している無料ブログサービスの簡素なアクセスログだけから判断しても、「首都圏反原発連合の面々との対話」として掲載したTwitterからの抜粋が、よく読まれている。

 もしそうであるのなら、以前に書いた以下の拙い記事が、ひょっとして読者が脱原発運動の方向性について考える機会を提供するかもしれない。中には力んで書いた余りに、今となっては別の書き方をしたい文章もある。リンク集的に提示することで紹介したい。



 しかし、その後わかったことだが、「対話」に次いで、このエントリのみが読まれており、リンクをたどって他の文章を読む人は少ない。そこで更新に当たって、インターネット上におけるリソースを少し追加することにした。

 いくつかの事実を確認しよう。

 「従軍慰安婦」制度は実在した。それを否定する行為は、被害者のハルモニ(おばあさん)たちの尊厳を傷付けるものである。そして「従軍慰安婦」制度はまた、民族蔑視と女性蔑視に成り立っていた。それゆえにまた、外国籍の人々の尊厳と女性の尊厳を傷付けるものでもある。原発による様々な被害と同様に、それは人権の問題である。

 脱原発は可能である。日の丸と歴史修正主義を脱原発運動に持ち込むことで、脱原発が可能になるわけでは全くない。そうすることで、脱原発運動がその目標に向かって前進するわけではない。日の丸も歴史修正主義もない脱原発運動を目指すことは可能であるだけではなく、合理的な判断であり、倫理的な義務である。


*7/14に加筆

by BeneVerba | 2012-07-08 00:17 | 情報 | Trackback | Comments(0)