スラヴォイ・ジジェクが先日アルジャジーラに語った論説(原文記事の最終更新日は10月29日)を、勝見貴弘氏が訳されたのでぜひ紹介したい。詳しい解説は不要だと思う。彼が「ウォール街を占拠せよ」運動で語った内容と重なりつつ、異なる部分があり興味深い。

 なお、転載は末尾リンクにも記した『ある哲学者の発想から得た、資本主義との正しい「離婚」のススメ』より。そこでの勝見貴弘氏の見方もまた、私の見方と重なる部分と異なる部分があり、これも興味深い。読者の方の見方はどうだろうか。



アルジャジーラが取り上げた、スロベニア哲学者Slavoj Zizekが語る「民主主義と資本主義の結婚は破綻した」(改訳しました)という論説の全訳。 http://t.co/OoBz8aDf #OccupyTokyo #Occupy
tkatsumi06j 2011/10/30 03:54:47



人類は、真に代替となるシステムを求めている。

アングロサクソン的な価値にまみれたネオリベラリズムと、
中国・シンガポールのアジア的な価値にまみれた資本主義。
あなたなら、どちらを選ぶだろうか?

このまま何もしなければ、いずれ我々は新たな
権威主義社会に近づいてしまうと、私は断言する。

ここに私は現代の中国で起きていることに歴史的意義を見出す。

これまで資本主義の良いところは、いずれ
民主主義を希求することになることだとされてきた。

しかし、アジア的価値観の資本主義を追求すれば、
果たして西欧側よりもより効率的でダイナミックな
資本主義となるのだろうか。私はそれを懸念する。

私は、十年も経てば、(確実に)天安門事件のような
大規模なデモが再び起きるだろうという、
リベラルな人たちが抱く淡い期待を共有しない。

もはや起こりえない。

資本主義と民主主義の結婚は、破綻したのだ。

Slavoj Zizek



リンク:



Twitterより:
 YouTubeのどこかで見た誰かの傑作な言葉の紹介をかねて、少しだけTwitterでのやりとりを引用。

@tkatsumi06j 勝見貴弘
あ、なるほど。あなたも「結婚」と素直に訳されたんですね。ここ私実は最初悩みました。RT @BeneVerba 同じ人です。重なるといったのは内容の方ですね、失礼。資本主義と民主主義が一体である状態は終わったからおおいに資本主義批判をしよう、ということかと。

@BeneVerba BeneVerba
@tkatsumi06j そこは実は何も考えず訳しました。最初に @toshiogr さん経由で知った時に、そういう風に訳されていたので。でも、その後彼の演説のYouTubeでのコメントに「結婚生活は終わったよ、だって資本主義の家庭内暴力がひどいんだもん」みたいなのがありました。

@tkatsumi06j 勝見貴弘
あはは、それは素晴らしい!RT @BeneVerba 最初に @toshiogr さん経由で知った時に、そういう風に訳されていたので。でも、その後彼の演説のYouTubeでのコメントに「結婚生活は終わったよ、だって資本主義の家庭内暴力がひどいんだもん」みたいなのがありました。


# by BeneVerba | 2011-10-30 08:07 | 転載 | Trackback | Comments(0)
 それまで、「ウォール街を占拠せよ」運動にそれ程関心を払って来なかった私が、ナオミ・クラインのスピーチを翻訳し公開しようと思ったのは、私自身がそれに深く心を動かされたからだった。短い言葉で言えば、そこに資本主義批判と環境問題との接合を見たからだ。「ウォール街を占拠せよ」運動と脱原発運動の接合を見たからだ。

 訳に取り掛かると、早速「I was honored...」という、はしがきの最初の一文に引っ掛かることになった。この難しい単語が一つもない文が意外にも訳しにくいのは、「honor(名誉)」という単語が動詞として受身形で使われているからだ(訳文では「栄誉を授かった」としている)。そうした言い回しは日本語に移しにくい。

 このブログは当初、彼女のスピーチを紹介するために開設されたのだったが、アクセス数は開設後の数日間で2千人を越えた。おそらく、それらの人々も変革を求めており、より良い社会を築くための可能性を彼女のスピーチに見たのだろう。


 ところで、匿名で翻訳するということは、何重もの意味で隠れたあり方だ。

 匿名であるということは、実名を明らかにしていないということだけでなく、なぜ実名を明らかにしないのかその理由も明らかにしないということだ。そして、翻訳者は原文の書き手に対して、追い越すことも後れを取ることもできないし、押しのけることもできない。ただ、後を追いかけることができるだけだ。

 一方、それを公開するということは、何も隠すところのない行為だ。そしてその二つの間に、問題が一つある。もし、インターネット上の匿名の翻訳者という曖昧で複雑な存在に対して「名誉」が与えられるとしたら、誰がどんなやり方でそうするのかということだ。


 この問題に対して、昨日27日の朝日新聞朝刊の「祝島からNYへ 希望の共同体を求めて」と題された論壇時評で、高橋源一郎氏と朝日新聞は一つの回答を与えた。それは実際に私の訳文そのものを引用し、注記でこのブログの名称とURLを紹介するというものだった。

 引用された言葉は、私が考えあぐねた末に訳したという意味で、紛れもなく私の言葉だった。

 例えば、「stay put」は改稿を重ねるうちに「とどまり続ける」から「居続ける」になった。「flowers」を「花」にするか「花々」にするか考え、後者にした。「the information age」は「この情報の時代」とでも訳したかったが、「情報化時代」としなければならなかった。「a fact」を「現実」とするか「事実」とするか迷ったあげく前者とした。

 「have roots」は最初「根を持っていない」と直訳していた。その後、「root」という単語が動詞として「根づく」という意味があることを考慮し、「根をはって」とした。今となっては正確に思い出せないが、そこには祝島への思いがあったかもしれない。なぜなら、震災からそれ程経っていない時期のある集会で、初めて祝島と上関原発のことを知り、それについて考えざるを得なかったからだ。


 それ以外の方法が採用されるおそれもあった。実際には私の訳文を参照しているのにこっそり訳し直したり、引用せず単にナオミ・クラインがこういう話をしたという形で内容だけを伝えたりといったやり方で。しかし氏はそうしなかった。

 そして、題名からもわかるとおり、ニューヨークと祝島を重ね合わせて新たな社会のあり方を探ることが、この時評のテーマだ。高橋氏もまた訳文を読んだ一人であり、そこに可能性を見た一人であり、私が半ば無意識的に訳文に盛り込んだ意味を探り当てたのかもしれない。


 日本の社会は、そして日本のインターネット社会は、匿名性の強いものになっている。そして今私はこんなことを考えている。もし、日本の社会に匿名であることや、社会への主張を控えることを強いるような何かがあるのならば、個人に対するそうした抑圧を取り除くことで、社会を変革していくことが可能になるのではないか。

 私は、自分の訳した文章が引用されることによって、匿名であるまま記名性を与えられた。それは「honor(名誉)」の問題というよりは、「credit(名誉)」の問題だ。高橋源一郎氏と朝日新聞にあらためて感謝の言葉を申し上げる。

 そして、そういう風に匿名の存在をとり扱うのは「honorable(立派)」な態度だと言いたい。なぜなら、それが個人への抑圧を取り除くかもしれないからだ。私以外の人々に対しても、そうした「名誉」が与えられることを願う。

# by BeneVerba | 2011-10-28 14:53 | このブログ | Trackback | Comments(0)
民主主義と資本主義の結婚は終わった
The Marriage Between Democracy and Capitalism is Over
2011年10月09日 - スラヴォイ・ジジェク





 私たちは負け犬と呼ばれています。しかし、真の負け犬はあそこウォール街にいます。彼らは、数十億もの私たちのお金で、救済措置を受けたのです。私たちは社会主義者と呼ばれています。しかし、ここでは常に富裕層のための社会主義があるのです。彼らは、私たちが私有財産を尊重していないと言います。しかし、2008年の金融崩壊においては、苦労の末に手に入れた私有財産が多く破壊されたのです。ここにいる私たちが昼夜の境なく数週間の破壊活動に及ぶよりも多く。

 彼らは、私たちは夢を見ているのだと言います。真に夢を見ている人というのは、ものごとが永遠にそのままであり続けると考えている人々のことです。私たちは夢を見る人ではありません。私たちは夢から覚めつつあるのです。悪夢へと変わろうとしている夢から。私たちは何一つ破壊していません。私たちはただ、どのように体制が自壊するのかを目撃しているのです。

 私たちがみな知っているカートゥーンの古典的な場面があります。断崖へと到達した猫が、そのまま歩き続けるのです。下には何もないという事実を無視して。下を見て、そのことに気づいた時に、ようやく落下します。それが私たちがここでやっていることなのです。私たちは、ウォール街の面々にこう言っているのです。「おい、下を見ろ!」と。


 2011年の4月中旬に、中国政府があることを禁止しました。全てのTVや映画や小説において、別の現実やタイム・トラベルを含む内容を扱うことを。これは中国にとって良い兆候です。つまり、人々が未だオルタナティブを夢見るためには、そうした夢を見ることを禁止するべきだ、ということです。ここでは、そのような禁止は必要ありません。なぜなら、支配体制は私たちの夢見る能力を抑圧すらしないからです。私たちがいつも観ている映画を思い浮かべてください。世界の終わりを想像することは容易です。小惑星が全ての生命体を絶滅させるとか、そういったたぐいのものです。しかし、資本主義の終焉を想像することはできません。

 それでは、私たちは一体ここで何をしているのでしょう?ここで一つ、素晴らしい、古い共産主義者の時代のジョークをお話しさせてください。ある男が、東ドイツからシベリアへと、働くために送られました。彼は、自分の手紙が検閲官によって読まれるであろうことを知っていました。そこで、自分の友達にこう言いました。暗号を決めておこう。もし、私から受け取った手紙が青いインクで書かれていたら、私の言っていることは本当だ。もし赤いインクで書かれていたら、それは嘘だ。

 一ヶ月後、彼の友達は最初の手紙を受け取りました。全ては青いインクで書かれていました。その手紙にはこう書かれてました。ここは全く素晴らしいところだ。商店はおいしい食べ物であふれている。映画館では西側の面白い映画が観られる。アパートの部屋は広々として豪華だ。ここで手に入らないものと言ったら、赤いインクだけだ。

 私たちはこのようなあり方で生きているのです。私たちには、私たちが望む全ての自由があります。私たちには、ただ赤いインクがないだけなのです。私たちの不自由を明確に表現するための言語が。私たちがそういう風に話すように教えられた自由についての話法、テロとの戦いとかそういったことです、それが自由を偽ってしまうのです。そして、それがあなたたちがここでしていることなのです。あなたたちは、私たちみなに赤いインクを授けているのです。


 そこには危険もあります。自分自身と恋に落ちないようにしてください。私たちはここで素晴らしい時を過ごしています。だが、覚えておいてください。カーニバルは安上がりなのです。重要なのはその翌日、私たちが日常の生活に戻る時です。そこに何らかの変化はあるでしょうか?私はあなたたちに、これらの日々を想い出にしてほしくありません。「ああ、私たちは若く、全ては素晴らしかった」などと。

 覚えておいてください。私たちの基本的なメッセージは、「私たちはオルタナティブを考えることを許されているのだ」というものです。もし規則が破られるのなら、私たちは最善の可能世界に住んでいるわけではないのです。この先に長い道のりがあります。真に困難な問いに私たちは直面しています。私たちは、私たちが何を望んでいないかを知っている。だが、私たちは一体何を望んでいるのでしょう?どのような社会組織が資本主義の代わりになるのでしょう?どのようなタイプの新しいリーダーを私たちは望んでいるのでしょう?

 覚えておいてください。問題は腐敗でも貪欲でもありません。体制が問題なのです。それがあなたたちに腐敗を強いるのです。敵だけに注意するのでなく、偽の友にも注意してください。既にこの過程を薄めようとしている偽の友に。あなたがカフェイン抜きのコーヒーを、受け取るのと同様なやり方で、アルコール抜きのビールを、脂肪抜きのアイスクリームを、受け取るのと同様なやり方で、彼らはこれを無害で道徳的な抗議運動に変えようとするでしょう。カフェイン抜きプロセスです。





 私たちがここにいる理由は、私たちがこの世界にうんざりしているからなのです。コーラの缶をリサイクルして、チャリティとして数ドルを与える世界に。もしくは、スターバックスのカプチーノを買うと、その1%が飢えに苦しむ第三世界の子どもたちのところに行く世界に。私たちを慰めるために。労働と拷問を外注にしたその後で、結婚仲介業者が、今や私たちの性生活ですら日常的に外注しているその後で、私たちは理解しています。私たちの政治的参加もまた長い間外注されるに任せていたことを。私たちはそれを取り戻したいのです。

 私たちは共産主義者ではありません。もし共産主義が1990年に崩壊した体制を意味するのならば。思い出してください、今日ではそれらの共産主義者たちが、能率的で冷酷無比な資本主義者であることを。今日の中国では、資本主義が存在します。アメリカの資本主義以上にダイナミックなが資本主義が。しかし、それは民主主義を意味しません。それが意味することは、あなたが資本主義を批判しようとする際に、脅されるようなまねを許してはならないということです。まるであなたが民主主義に反対しているかのように。民主主義と資本主義の結婚は終わったのです。


 変革は可能です。ところで、今日私たちは何を可能だと見なしているのでしょう?メディアを追いかけてみましょう。一方では、テクノロジーとセクシャリティーにおいて、全てが可能であるかのように見えます。月まで旅行に出かけることも可能です。不死になることも可能です。遺伝子工学で。動物であれ何であれと、セックスすることも可能です。しかし、社会と経済の領域を見渡してください。そこでは、ほとんど全てのことが、不可能だと見なされているのです。

 あなたが富裕層の税率をちょっとばかり引き上げたいと言えば、「それは不可能だ」「競争力を失う」と彼らは言うのです。あなたがもっとヘルスケアにお金がほしいと言えば、「それは不可能だ、全体主義国家のやることだ」と彼らは言うのです。この世界は、どこかが間違っているのです。不死になることを約束されているのに、ヘルスケアに費やすお金をほんの少し上げることもできない世界は。

 おそらく私たちの優先事項を、ここできちんと設定することが必要なのでしょう。私たちはより高い生活水準など望んでいないのです。私たちはより良い生活水準を望んでいるのです。たった一つの意味においてのみ、私たちが共産主義者であるのは、私たちはコモンズを望んでいるのだ、ということです。自然のコモンズ。知的所有権によって私物化されたもののコモンズ。遺伝子工学のコモンズ。このために、このためだけに私たちは闘うべきなのです。


 共産主義は間違いなく失敗しました。しかし、コモンズの問題がまだここにあります。彼らは、ここにいる私たちはアメリカ人ではないと言います。しかし、自分たちこそが本当のアメリカ人だと主張する保守派の原理主義者たちは、何かによって気づかされなければなりません。キリスト教とは何でしょうか?それは聖霊です。聖霊とは何でしょうか?信じる者たちによって構成される、平等主義の共同体です。お互いへの愛で結びついた者たちによって。そして、自らの自由と責任を所有する者だけが、それをなすことができるのです。

 この意味において、聖霊は今ここに存在します。そして、あそこウォール街には、涜神的な偶像を崇拝する異教徒たちがいるのです。だから、私たちに必要なのは忍耐だけです。私が恐れているたった一つのことは、私たちがいつの日か家に帰り、一年に一回会うようになり、ビールを飲みながら、ノスタルジックな想い出に耽るというものです。「なんて素晴らしい時をあそこで過ごしたのだろう」と。そういうことにならないように自らに誓いましょう。


 私たちは、知っています。人々がしばしば何かを欲しても、本当にはそれを望んだりしないことを。どうか、あなたが本当に欲するものを望むことをおそれないでください。

 どうもありがとうございました。



訳者コメント:
 部分的にしか撮影されていないと思われるジジェクのスピーチを、いくつもの動画をかき集め、編集し、その全体を再構成して、日本語訳の字幕を付けたもの。そのために、また私の動画編集作業への不慣れのせいもあって、いくつかの部分で見苦しく、また聞き苦しいものになっている。

 その意味で、「完全版」というよりも「全体版」「キメラ版」とでも呼ぶべきなのだろうが、検索などの便宜のために「完全版」とした。時間をかければもっと良いものができたかもしれないが、今の私にはこれが精一杯だったということで、どうか勘弁願いたい。

 なお、以前の「補完版」はこちら。

 私は、全くジジェクの良い読み手ではないが、字幕を付けるためにあらためて訳を見直して、彼の思考、ちょっとした言葉の使い回しや用語法に、入り込むことができたと感じた。ジジェクが、実際にはネットにある英文書き起こしとは、異なる単語を使っている箇所に気づきさえした。だから満足を覚えている。

 それでもなお誤訳・珍訳などの可能性はあるのだが、それは変革への可能性を意味するのだと信じたい。

10/30の追記:
 この記事は、動画の字幕をそのまま公開しているものなので、変更するわけにはいかないが、その後上でも紹介した「補完版」の訳文を見直したので参照してほしい。ただし、単純ミスで段落分けが「補完版」と同じになっていない箇所があったので、段落分けだけ変えた。

2012/5/16の追記:
 この記事の題名を「旧版」として、再度編集したジジェクのスピーチを公開した。

# by BeneVerba | 2011-10-27 03:21 | 動画 | Trackback | Comments(1)
今日は歴史的な日だ
2011年10月05日 - マイケル・ムーア
URL:http://www.youtube.com/watch?v=MtYnoOpLYAE





アメリカの民衆は私たちを支持している
2011年10月20日 - マイケル・ムーア
URL:
http://www.youtube.com/watch?v=6bT8ust5oIw
http://www.youtube.com/watch?v=xmqPp1cncek






 以前翻訳した二つのマイケル・ムーアのスピーチに、字幕を付けたので、まとめて紹介。

# by BeneVerba | 2011-10-25 18:54 | 動画 | Trackback | Comments(0)
ウォール街を占拠せよ:今世界で最も重要なこと
2011年10月6日 - ナオミ・クライン
URL:
http://www.youtube.com/playlist?list=PLF483E06AFAA6C9F4





キャプション:
 リバティ広場では拡声器が禁止されていたため、人間マイクロフォンが解決策になった。遠くの人々も聞こえるように、群衆が演説者がしゃべったことを反響するのだ。


 「ウォール街を占拠せよ」の皆さん、こんにちは。

 あなたたちを愛してます。

 私は今あなたたちに「私を愛しています」と返すように、とは言いませんでしたね。これは明らかに人間マイクロフォンのボーナス機能です。他の人たちからあなたへと言われたことを、あなたから他の人たちへと言ってください。ずっと大きな声で。

 昨日、労働者のデモで講演者の一人がこう言いました。「我々はお互いを見つけたのだ」と。今ここで形成されている空間の美しさをこの感想はまさに捉えています。大きく開かれた空間の美しさを。同様に、どの空間も収容することができないほど大きなアイディアを。より良い世界を望むすべての人々に、大きく開かれた空間を。それらの人々がお互いを見つけるための。私たちは大きな嬉しさに包まれています。

 私が知っていることが一つあるとすれば、1%の富裕層は危機を愛しているということです。なぜなら危機の間に、パニックと恐怖が支配する時に、彼らのほしい物リストを押し通すことが可能になるからです。さもなければ押し通せない企業優先政策のリストです。そして、彼らは教育を民営化します。そして、彼らは社会保障を狙い打ちにします。そして、彼らはわずかばかりの公共サービスを大幅に削減します。私たちの中でも最も脆い環境に置かれてる人々の役に立つものをです。そして「すまないが、他に選択肢はない。今は危機なのだ」と言うのです。この経済危機の最中、これが世界中で起こっていることなのです。1%の富裕層は、残りの99%である私たちに彼らの法案を押しつけるのです。彼らの危機に乗じてです。

 幸いにも、この戦略を防ぐたった一つのものがあります。それはとても大きなものです。それは99%です。それがマディソンからマドリッドまでで、起こっていることなのです。「私たちはお前たちの危機に金を払うつもりはない!」

 そのスローガンは、2008年にイタリアで始まりました。それはギリシャに素早く広がりました。フランスにもです。そして世界中に飛び火していき遂に故郷へと帰り着きました。危機が最初に生まれた場所へと。

 「彼らはなぜ抗議しているんだ?」当惑した識者たちが訊ねています。その一方で世界の残りはこう訊ねているのです。「何でそんなに時間がかかったんだ?」と。「いつになったら現れるのかと思っていたよ」。そして何よりもこう言っているのです。「ようこそ」と。

 多くの人が類似点を比較しています。「ウォール街を占拠せよ」とかつて反グローバリゼーション抗議運動と呼ばれたものとの。それはとても縛りのない集りの運動でした。そして、反資本主義の運動でした。シアトルで1999年に世界の注目を集めた運動です。私はその一部だったことを誇りに思っています。私たちが呼ぶところの「運動の運動」の一部だったことを。

 両者には類似点もありますがしかし違いもまたあるのです。サミットは一時的なものです。それらはたった一週間続くだけです。そのことが私たちも一時的な存在にしました。私たちは現れ、消えました。それからの愛国心と軍国主義の狂乱の中で、9.11の攻撃に続く狂乱の中で、容易なことでした、私たちを完全に一掃するのは。

 一方「ウォール街を占拠せよ」は、固定された場所を選びました。場所に終わりはありません。これはとても賢明なことです。あなたたちが居続けるその間だけ、根をのばすことができるのです。だから嵐が来た時、私たちが洗い流されることはないでしょう。





 水平的かつ深く民主的であることは、素晴らしいことです。しかしこうした原則は、深い互換性を持っています。建造物や団体を築き上げる重労働と。やって来る嵐を乗り切るのに充分なほど頑丈なそれらを築く行為と。私はそれがやがて起こるのだと確信しています。そしてこの運動はその準備ができているのだと。

 他にもこの運動は、正しいことをしています。あなたたちは非暴力であろうと決心しています。あなたたちは、メディアが切望している壊れた窓や、通りでの乱闘のイメージを与えることを、拒否しています。そしてその驚くべき規律は、警察の恥ずべき不当な暴力に話が及ぶ結果を引き起こしています。それこそがまさに、私たちが昨晩に多く目撃し、非難したものです。一方で、この運動への支持はより強く拡大し続けています。日々拡大しているのです。

 十年という時がもたらした他の違いは、私たちが通りに繰り出していた時には、経済が好景気を迎えていたということです。本当に大変なことだったのです、規制緩和の資本主義について話すのは。特に豊かな国々ではそうでした。

 しかし、十年後の今、もはや豊かな国などないかのようです。たくさんの豊かな人たちがただいるだけです。公共の富を略奪し、豊かになった人たちです。天然資源を使い尽くし、汚染しながらです。

 今日では誰もが見て取れるように、このシステムは制御不能です。足かせをはずされた貪欲は、世界経済を破壊しました。そしてそれは同じく、地球を破壊しているのです。私たちは海を乱獲し、水圧破砕法と深海掘削で水を汚染し、地球上で最も汚い形態の化石燃料へと向かっています。あなたが指揮者ね?そんな感じ。アルバータ州のタール・サンドのようにです。私の国の真ん中に空いたブラック・ホールです。そして、大気は私たちが排出する炭酸ガスの総量を吸収しきれないのです。したがって、新たなる常態は連続的な災害です。経済的であり生態的である災害です。

 私たちがみな知っているように、あるいは少なくとも感じているように、この世界は逆さまなのです。私たちはまるで尽きることがないかのように振る舞っています。実際には有限である天然資源に対してです。そして私たちは、まるで厳格で不動の限界があるかのように振る舞っています。実際には豊富であるものに対してです。私たちが理想とする社会を築くための財源のことです。

 私たちの時代の課題は、これをひっくり返すことです。まともで包摂的な社会築くことは可能なのだ、と主張し続けることです。一方で同時に、地球の自然の限界に注意を払うことです。

 気候変動が意味しているのは、私たちはこれを、締め切りまでに成し遂げなければならない、ということです。今度は私たちの運動は、気を逸らされてはなりません。分断されても、燃え尽きてもなりません。そして私たちは、ここに居続けることで、彼らを崩壊させることができるのです。





 今度こそ、私たちは成功しなければなりません。私が言っているのは、銀行を規制し、金持ちに課税することだけではありません。それらも、ぜひともやるべきですけど。

 私が言っているのは、私たちの文化の根本的な価値観を変える、ということです。それは難しいことです。それをメディアのサウンドバイトにぴったり収めることも難しい。しかし、難しくてもなお緊急を要することなのです。

 それがまさに、この広場で起こっていることです。互いに食べ物を与えあうというやり方の中に。そして、互いに暖めあい、無料で医療を提供し、「瞑想のクラス」と呼ばれているものを提供するというやり方の中に。何?私が瞑想が好きだって知らなかった?私のここでのお気に入りのサインは「私はあなたを気にかけている」というものです。お互いの視線を避けるように人々を訓練する文化において、私たちを「奴らには死なせておけ」と言わせるように訓練する文化において、これはラディカルな声明です。

 私たちのみながその一部であるこの偉大な闘争において、重要ではないいくつかのことがあります。

・私たちが何を着ているのか。
・私たちは拳を振り回すのか、それともピース・サインを作るのか。
・私たちのより良い世界への理想を、合わせることができるかどうか。メディアのサウンドバイトに。

 そして、この偉大な闘争において、重要ないくつかのことがあります。

・勇気。
・私たちの倫理的な基準。
・私たちがお互いをどのようにとり扱うのか。

 私たちは、地球上で最も強力な勢力に、喧嘩をふっかけました。それは少しばかり恐ろしいことかもしれません。この運動が強力に成長するにつれ、もっと恐ろしいことになるでしょう。そこには誘惑が常にあるでしょう。小さな目標へと移行する誘惑が。例えば、あなたの隣に座っている人に対して、のように。結局のところ、それは勝つのがより容易な闘いなのです。

 私はくだらないことで言い争うな、とは言いません。しかし私が言いたいのは、私たちが協力して働こうと計画したかのように、お互いをとり扱いましょう、ということです。これからの長い長い年月のために。なぜならこの闘いが、まさにそれを要求するからです。

 この素晴らしい運動を取り扱いましょう、それが世界で最も重要なことであるかのように。なぜなら、実際にそうだからです。

 ありがとうございました。


運営者より:
 ナオミ・クラインの「ウォール街を占拠せよ」でのスピーチ動画に、日本語字幕を付けて公開。パート1からパート3までの全三本。オリジナルのキャプションと重なって読みにくい部分はご容赦を。既に公開している、彼女の「定稿」に基づく拙訳とはまた違った趣があると思う。例によって、誤訳が含まれている可能性がある。

 字幕を付けるにあたっては、彼女の筆が入ったはずのその「定稿」と、それに対する拙訳とを参照しながら、実際の演説との異同を確認し、ふさわしいものに仕上げたつもりだが、訳者の能力の限界に基づく誤訳があれば、申し訳ない。せめて、彼女の真摯な姿勢と「占拠」の現場の臨場感を感じ取っていただきたい。

# by BeneVerba | 2011-10-25 14:01 | 動画 | Trackback | Comments(2)