タグ:ウォール街を占拠せよ ( 71 ) タグの人気記事

e0252050_5554453.jpg

 今こそウォール街の占拠を拡張し、多様化するときである。もし、これが真に九九%のための運動であるのなら、それはニューヨーク市の残りの部分を必要とし、アメリカの残りの部分を必要としている。

 有色人作業部会は、人種的意識を持ち、包摂的な運動を築くために結成された。私たちは、移民、無届滞在者、低賃金労働者、囚人、有色人のLGBTQ、ムスリムのような周縁化された宗教的共同体、先住民を含む有色人の諸共同体に対して働きかけている。それらの人々にとって、この占拠は皮肉なことに、もう一つの負担となっており、ゆえに、この運動は非植民地化されなければならない。

 しかし、この運動はリバティ広場という空間に限られたものではない。あなた方の助力があれば、この運動は万人に対して開かれたものとなるだろう。

 そうでなければ、この運動は成功しないだろう。権力と特権の力学を無視することによって、この記念碑的な社会運動は、それが抹殺しようとしている不公平の構造そのものを複製する危険を冒すことになる。

――ライターズ・フォー・ザ・99%『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語

 さて、日本の脱原発運動はどうか?「皮肉なことに、もう一つの負担となって」いないか、「抹殺しようとしている不公平の構造そのものを複製」していないか?




by BeneVerba | 2012-10-15 06:08 | Trackback | Comments(0)
連帯原則
Principles of Solidarity
2011年09月23日 - ウォール街を占拠せよ
原文:http://www.nycga.net/resources/documents/principles-of-solidarity/

e0252050_14373248.jpg


 二〇一一年九月一七日、経済的、政治的なエリートたちによって永続化されている、私たちの時代のあけすけな不平等に抗議するために、アメリカ合衆国の各地から人々が集まった。その日一七日、諸個人としての私たちは、政治的な権利の剥奪と社会的、経済的不平等に対して立ち上がったのだ。

 私たちは意見を率直に述べ、反抗し、ウォール街を占拠することに成功した。今日では、誇らしいことに、私たちはリバティ広場に残り、非暴力的な市民的不服従に参与し、お互いへの尊敬、受容、愛情に基づいた連帯を築きつつ、自らを自律した政治的存在として確立している。

 私たちが取り戻したこの土地から、全てのアメリカ人に対して、また世界中に対して私たちが告げているのは、「もうたくさんだ!」ということである。一体いくつの危機を必要とするのだろうか?私たちは九九%であり、私たちは担保に取られた自分たちの未来を取り戻すために、移住したのだ。

 諸個人としての私たちは共に団結し、直接民主主義的なプロセスを通して、次の連帯原則を作成した。団結のために重要なものがこれらには含まれているが、これらに限るものではない。

  • 直接的で透明な参加型民主主義に深く参与すること
  • 個人的および集団的な責務を実践すること
  • 個人に固有の権利と、相互作用におけるその影響を認識すること
  • あらゆる形態の抑圧に対して、お互いに力を授け合うこと
  • 労働の価値をどのように評価するのか再定義すること
  • 個人のプライバシーを不可侵のものとすること
  • 教育は人権の一つであることを信条とすること
  • 技術、知識、文化を、無償で受容、創造、改変、配布できる万人に対して開かれたものとすること(二〇一二年二月九日に修正案を承認)

 私たちは果敢にも、より大きな平等性の可能性を提供するであろう、新しい社会的、政治的、経済的なオルタナティヴを想像するものである。私たちは、提案された他の連帯原則を現在統合しており、要求がそれに続くだろう。


*原則統合作業部会は、今もなお提案された他の原則を、可能な限り早くこの生きた文書に統合すべく活動している。これは原則統合作業部会によって作成された公式文書である。ニューヨーク市ジェネラル・アセンブリーは九月二三日にこの作業中の草案を受け入れることに合意し、公に共有するためにオンライン上に投稿された。



訳者コメント:
 本日9月28日に、いよいよ『ウォール街を占拠せよ/はじまりの物語』が発売される(来月初めにずれ込む地域もあり)。発売記念ということで、大月書店の寛大な許可を得て、実際の書籍にある「ウォール街を占拠せよ」の「連帯原則」を基に、その前後のただし書きを含め、現在の版のOWSの「連帯原則」を訳出、公開することにした。

 どのような経緯でこの「占拠運動が生み出した最初の公式文書」が生まれたのかなどは『ウォール街を占拠せよ/はじまりの物語』の「占拠の誕生」の章に書かれている。これはその名の通り、占拠運動を進める際の基本的な原則であり、他の合意された行動や文書などもこの原則の上にあるものであるはずだ。

 占拠運動に関心を持つ人ならば、この運動が直接民主主義的な志向を強く持っていることはおなじみだが、「労働の価値の再定義」や「技術、知識、文化」の共有なども新しい時代を創造しようとする意志が感じられると私は思う。





by BeneVerba | 2012-09-28 14:28 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
e0252050_14114414.jpg 明日九月二八日、私が初めて翻訳を担当した本『ウォール街を占拠せよ/はじまりの物語』(原題「Occupying Wall Street: The Inside Story of an Action that Changed America」)が大月書店から発売される。この運動の最初の二ヵ月間を中心に、数十名の運動の当事者たちがウォール街占拠について綴った本だ。ただし、一部の地域では、来月一日に配本されるそうだ。本来ならOWSの一周年記念に合わせて発売したかったのだが、出版のスケジュールに不慣れなせいもあり、ぎりぎりまで訳文を練っていたためにこの時期の発売となった。


 序文にも書かれているように、本書はまさしくドキュメントであり記録である。編集者氏と相談の上、原書にはない写真を大々的に使うことに決めたのもそのせいである。

 昨年九月一七日以前のブルームバーグヴィルというニューヨーク市長への抗議の占拠から、『アドバスターズ』からの呼びかけを受けて集まった人々が、準備期間を経てついに最初のジェネラル・アセンブリーを開く感動的な場面まで、あるいはメディアの注目も集まっていた一〇月から一一月までに起きたブルックリン橋での大量逮捕、「清掃」にかこつけた最初の排除の企て、そして、一一月一五日の強制排除まで迫真の記述が続いている。こうした部分は世界的な革命の年であった昨年二〇一一年の「インサイド・ストーリー」としての記録性を持つとともに、その高揚を伝えるものである。

 一方で、ジェネラル・アセンブリー、人民図書館、人民食堂、広報作業部会、法務作業部会、POC(有色人)作業部会など、運動内部の重要な活動についても具体的に書かれている。特にジェネラル・アセンブリーとPOC作業部会についての記述は、占拠運動に興味がある人にこそ読んでほしい章だ。前者からは水平的で合議的な、合意中心の意志決定がどのようなものであるのかが、後者からは「占拠」という行為の持つ皮肉な問題性とマイノリティの問題が対抗運動にとって重要な課題であることを知ることができるはずだ。

 原書を最初に読んだ時に感じたのは、この本からは複数の声が聞こえてくるということだった。本書を翻訳する作業は、そうした無数の声を聞きとりながら、それを損なわずに文体的な統一をはかるというなかなか困難なものだった。それがうまくいったかどうかは読者の判断に委ねたいと思う。

 実際この本は、当事者たちの筆に拠るものながら、客観的な記述を保っている。それにまた、ズコッティ公園(この本の中で運動内の呼び名である「リバティ広場」ではなく、この正式名称が用いられているのもそうした姿勢の表れではないだろうか)内部の東端と西端の対立に代表される、運動内部の緊張についても脚色なく記している。


 特に最初の章に書かれているように、またoccupywallst.orgも書いているように、昨年は地球規模の革命の年であった。「アラブの春」と呼ばれる中東での運動はむろんのこと、橋下市長が支配する大阪と比べられるようになったウィスコンシン州の抗議、もう一つの占拠運動であるスペインのM15運動など、世界中で反資本主義的な抗議の連鎖が続いた(ナオミ・クラインの表現を借りるなら「飛び跳ね」)。

 三・一一の原発震災を受けて、脱原発デモが起こり始めた日本もそうした文脈の中にあるのかもしれない。この本を翻訳する仕事の話を大月書店からもちかけられた時に頭の中にあったのは、単なる輪入ではない翻訳は可能か、なんとか占拠運動と脱原発デモを結びつけられないかということだった。だが、世界の運動にあって、今の脱原発運動に欠けているのは国家と資本の力に向かい合う視点である。

 この本の著者たちがおそらくは確信し、またこの運動の参加者でもある解説の高祖岩三郎氏と私が訳者あとがきで強調しているのは、OWSが現在も継続中であり、これからも何らかの形で続いていくだろうということだ。原発を止めても廃炉のプロセスがあり、放射能の影響も残り続ける日本でもまた運動は続いていくだろう。私が読者に知ってほしいのは上述のような視点である。

 とはいえ既にこの本は私の手を離れている。読者がどういう意味を読み込もうとそれは読者の自由であるし、その自由を確保することが訳者の仕事だと考えている。


 最後になったが、私がこの本の翻訳を担当することができたのも、このブログを読んで支持を与えてくれる読者のみなさんのおかげだと考えている。感謝したい。どうもありがとう。今後は、今回この本を訳した時に身に付けた技術や厳しさを反映して、引き続き情報や意見をオンライン上で発信していくつもりだ。

by BeneVerba | 2012-09-27 14:10 | 情報 | Trackback | Comments(0)
あなたがいる場所でウォール街占拠に参加する効果的な方法
How to Occupy Wall St. Effectively on Your Turf

  1. 銀行からお金を借りるのを止めよう。
  2. クレジットカードを使うのはやめて、現金のみを使おう。
  3. みんなと物々交換をしてみよう。
  4. 資本が地域の地元の店で買い物しよう。
  5. ウォルマート、コストコなどの大型店で買うのは止めよう。
  6. 中国の搾取工場で作られた商品を売る店で買うのは止めよう。
  7. 家庭菜園などで、できるだけ食料を作ろう。
  8. 新品を買うのは止めて、中古品を買おう。
  9. 実体のある商品を生産する事業を始めて、地域で売ろう。
  10. 古い品物をリサイクルして活用しよう。
  11. ファストフード店を避けよう。
  12. 知り合いみんなを巻き込もう。特にご近所さんを巻き込もう。
  13. 畑や菜園を共有しよう。
  14. みんなに知らせよう。


e0252050_1102430.jpg


訳者コメント:
 拾った画像のテキストを思い切って(ただしポイントは外さずに)意訳した。アップロードした直後に、いろいろと間違えていたことに気付いたので早速修正。今後もう少しきちんとした翻訳にするかも。

by BeneVerba | 2012-08-09 01:09 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
全てのマイノリティは新しいマジョリティである
The All Minority Are The New Majority
2011年10月30日 - アンジェラ・デイヴィス
原文:http://www.youtube.com/watch?v=dVm9oIt5vPk





 この午後に、あなた方の中に加わるのは、本当に名誉なことです。なぜなら、あなた方は私たちの政治的世界を再発明したからです。あなた方は、私たちの集団的な情熱を新たにしました。あなた方は、私たちに思い起こさせてくれました。抵抗の共同体を築くことは未だ可能だと。あなた方は、私たちに示し続けています。その参与、献身、協働の姿勢を。そして、容認を拒否するあなた方の姿勢を。階級的ヒエラルキー、人種的ヒエラルキー、ジェンダー・ヒエラルキー、セクシャル・ヒエラルキーを拒否する姿勢を。

 あなた方の運動は、マジョリティに呼びかけるものです。マイノリティに対して立ち上がることを。あらゆるマイノリティは、今や新たなマジョリティとなったのです

 そうして、私たちはウォール街に対して「ノー」と言うのです。大銀行に対して「ノー」と言うのです。年に数百万ドルも稼ぐ大企業の経営陣に対して「ノー」と言うのです。学生の抱える負債に対して「ノー」と言うのです。強制排除に対して「ノー」と言うのです。警察の振るう暴力に対して「ノー」と言うのです。グローバル資本主義に対して「ノー」と言うのです。刑務所産業複合体に対して「ノー」と言うのです。レイシズムに対して、「ノー」と言うのです。階級的搾取に対して、ホモフォビアに対して、ゼノフォビアに対して、トランスフォビアに対して、身体障碍者への差別に対して、環境汚染に対して「ノー」と言うのです。そして私たちは、軍事的な占拠に対して「ノー」と言うのです。戦争に対して「ノー」と言うのです。

 私たちは「九九%」として団結しています。そこには重大な責任があります。この場所に共同体として集う決断をしたことについて。どうすれば、私たちはともに結びつくことができるのでしょうか?どうすれば、私たちは一つに結ばれることができるのでしょうか?過度に単純化されたものでなく、抑圧的なものでもない統一においてです。どうすれば私たちは、複雑でありながら、解放するような統一において結びつくことができるのでしょうか?

 ここでアフリカ系のフェミニスト、オードリー・ロードの言葉を引用したいと思います。「差異は単に容認されるべきものではない。それは欠かせない極性として見なされなくてはならない。私たちの創造性が誘電体のように火花を散らすために必要なものとして」

 このような複雑な統一の中において、私たちは、人生に対して「イエス」と言うのです。幸福に対して
「イエス」と言うのです。共同体に対して「イエス」と言うのです。教育に対して、教育の無償化に対して「イエス」と言うのです。経済的な、人種的な、ジェンダー的な、セクシャルな平等に対して「イエス」と言うのです。そして、私たちは想像力に対して「イエス」と言うのです。創造性に対して「イエス」と言うのです。希望に対して、未来に対して「イエス」と言うのです。

 最後に、私の故郷について、少し述べたいと思います。カリフォルニア州オークランドです。「オークランドを占拠せよ」での警察の襲撃については、ご存知ですね。撃たれたスコット・オルセンはまだ病院にいます。オークランドのジェネラル・アセンブリーは、オスカー・グラント広場で集会を開き、警察の襲撃への応答として、一一月二日のゼネストを呼びかけました。ゼネストです。これは革命的なことです。

 オークランドの抗議者たちの言葉を、あなた方と分かち合いたいと思います。「オークランドを非植民地化せよ」「我々は九九%だ」「我らは団結し立ち向かう」「二〇一一年一一月二日」「ゼネスト」「労働を拒否せよ」「学校を拒否せよ」「あらゆる場所を占拠せよ」。

 どうもありがとうございました。



訳者コメント
 昨日7月17日投稿したアンジェラ・デイヴィスの「ウォール街を占拠せよ」でのスピーチの翻訳を元に、動画に日本語字幕を付けて公開。上記テキストは字幕を形式のみ整えたもの。詳しいデータなどはそちらを。字幕付き動画の作成よりも、スピーチの質疑応答部分の翻訳を優先するつもりだったが、あまりにも分量があるため(後半部分は40分の長さ)先にこちらを。

by BeneVerba | 2012-07-18 20:51 | 動画 | Trackback | Comments(0)
全てのマイノリティは新しいマジョリティである
The All Minority Are The New Majority
2011年10月30日 - アンジェラ・デイヴィス
原文:
http://pastebin.com/9sEVQv2K
http://www.youtube.com/watch?v=HlvfPizooII


 この午後に、あなた方の中に加わるのは本当に名誉なことです。なぜなら、あなた方は私たちの政治的な世界を再発明したのですから。あなた方は、私たちの集団的な情熱を新たにしました。あなた方は、抵抗の共同体を築くことは未だ可能だと私たちに思い起こさせてくれました。あなた方は、私たちに、その参与、献身、協働の姿勢を示し続けています。階級的ヒエラルキー、人種的ヒエラルキー、ジェンダー・ヒエラルキー、セクシャル・ヒエラルキーを容認することを拒否するあなた方の姿勢を。

 あなた方の運動は、マイノリティに対して立ち上がることを、マジョリティに呼びかけるものです。あらゆるマイノリティは、今や新たなマジョリティとなったのです。

 そうして、私たちはウォール街に対して「ノー」と言うのです。大銀行に対して「ノー」と言うのです。年に数百万ドルも稼ぐ大企業の経営陣に対して「ノー」と言うのです。学生の抱える負債に対して「ノー」と言うのです。強制排除に対して「ノー」と言うのです。警察の振るう暴力に対して「ノー」と言うのです。グローバルな資本主義に対して「ノー」と言うのです。刑務所産業複合体に対して「ノー」と言うのです。レイシズムに対して、階級的搾取に対して、ホモフォビアに対して、ゼノフォビアに対して、トランスフォビアに対して、身体障碍者への差別に対して、環境汚染に対して「ノー」と言うのです。そして、私たちは、軍隊の占拠に対して「ノー」と言うのです。戦争に対して「ノー」と言うのです。

 私たちは「九九%」として団結しています。この場所に共同体として集うという決断をしたことに関して、あなた方には重大な責任があります。いったいどうすれば、私たちはともに結びつくことができるのでしょうか?どうすれば私たちは、過度に単純化されたものでなく、抑圧的なものでもない統一の中で結びつくことができるのでしょう?どうすれば私たちは、複雑でありながら、解放するような統一において、結びつくことができるのでしょうか?

 ここでアフリカ系のフェミニスト、オードリー・ロードの言葉を喚起したいと思います。「ことなりは単に容認されるべきものではなく、私たちの創造性が誘電体のように火花を散らすために必要な、極性の元となるものとして見なされなくてはならない」。

 このような複雑な統一の中において、私たちは、人生に対して「イエス」と言うのです。幸福に対して「イエス」と言うのです。共同体に対して「イエス」と言うのです。教育に対して、教育の無償化に対して「イエス」と言うのです。経済的な、人種的な、ジェンダー的な、セクシャルな平等に対して、「イエス」と言うのです。そして、私たちは想像力に対して「イエス」と言うのです。創造性に対して「イエス」と言うのです。希望に対して、未来に対して「イエス」と言うのです。

 最後に、私の故郷であるカリフォルニア州オークランドについて、少し述べたいと思います。「オークランドを占拠せよ」での警察の襲撃については、ご存知ですね。スコット・オルセンはまだ病院にいます。オークランドのジェネラル・アセンブリーは、改名されたオスカー・グラント広場で集会を開き、警察の襲撃に応答すべく、一一月二日のゼネストを呼びかけました。ゼネストは革命的なことです。

 オークランドの抗議者たちの言葉を、あなた方と分かち合いたいと思います。「オークランドを非植民地化せよ」「我々は九九%だ」「我らは団結し立ち向かう」「二〇一一年一一月二日」「ゼネスト」「労働を拒否せよ」「学校を拒否せよ」「あらゆる場所を占拠せよ」。


 どうもありがとうございました。



訳者コメント:
 アンジェラ・デイヴィスが、昨年10月30日にワシントン・スクエア公園で行った講演の前半部分。時間的な問題と分量の問題から、質疑応答は省いてまずスピーチ部分だけをアップロードすることにした。後半の質疑応答部分は、明日以降に投稿する予定(あくまでも予定)。

 アンジェラ・デイヴィスについて、私は偉そうに語れる者ではないのだが、アメリカ共産党とブラック・バンサー党の両者に深く参与した彼女は、傍らに置くことが許されない、多様な方向性を指し示す現代アメリカ史の一つのイコンであるように思われる。

 例によって、書き起こしと動画の両方を参照しつつ、より正しいと思われる語句を選んで訳していった。不明瞭な点は思い切って意訳した。こうした問題について、読者からの指摘があれば幸いである。なお、このスピーチで「フェミニスト」と呼ばれているオードリー・ロード(Audre Lorde)は、ニューヨーク生まれの詩人、作家、アクティヴィストで『Zami: A New Spelling of My Name』などの著作がある。

7/18の変更点:
 「a unity that is complex, and emancipatory」の部分を訳し忘れていたので追加。その他この翻訳を元に日本語字幕付き動画を作成する際に気になった箇所を二、三修正。

by BeneVerba | 2012-07-17 15:16 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
新しい資本主義
I Want A New Capitalism
2011年09月19日 - ロザンヌ・バー
原文:
http://feministing.com/2011/09/21/rosanne-barr-speaks-at-occupy-wall-street-protest/
http://www.youtube.com/watch?v=ZyoRcEF6ox8





 私がほしいのは新しい資本主義です。戦争によって経済を活性化するのではない資本主義です。生み出された富をほんの一握りの白人の手に握らせて、それを「自由貿易だ」などと呼ぶことのない資本主義です。お年よりが実際に退職金の支払いを受けられる資本主義です。私たちはそうした資本主義を得ることでしょう、そうすれば社会主義もまた得ることになるのです。教育、基本的な憐れみの感情、ヘルスケアもです。私が言っているのは辛い仕事と野心とが報われ、か弱い子どもたちに思いやりを持って接することのできる体制のことです。フェミナチと呼ばれる人々は、こうしたことを指して反逆罪だと言いつのることでしょう。

 私たちは資本主義と社会主義を組み合わせ、様々な理想が手を携えて実際に機能する体制、民衆主義(peopleism)とでも呼ばれるべき体制を築くのです。増長したでぶっちょのラジオ番組の司会者たちが、飢えた人々に暮らしを切り詰めるように説くからといって、もしくは、あの忌々しいアイン・ランドの本があるからといって、たった一つの頑固なイデオロギーへとむやみにしがみつく人はいないでしょう。私たちは実際に折衷的であり、順応的であり、合理的な判断を下すでしょう。私たちは、良識に基づいた解決策を生み出すことでしょう。

 ここにいるあなたたちのことを嬉しく思います。これほど多くの私たちが、私たちを制御するプログラムを実際に破壊したことに、まさに今わくわくしています。長年に渡って私たちがその中に住んでいた、私たちの精神をコントロールするプログラムです。あなたたちに敬意を表します。あなたたちが自由に志向していることに対して、敬意を表します。

 (抗議者のサインを読みながら)「腐敗せる者は我らを恐怖し、誠実なる者は我らを支持し、勇敢なる者は我らに参加する」。あなたの仮面気に入ったわ。あなたたちみんなのことが気に入った。

 私たちはみな自由を愛しています。素晴らしい作家であり、素晴らしい女性であるメアリー・ダリーの言葉を引用したいと思います。彼女は私のアイドルなのです。「真実のない自由というものはない」。

 私たちが何をしなければならないのかを、述べたいと思います。私たちは小さなエゴを集めて、大きなエゴを形作らねばなりません。それが六〇年代頃に最初に左派がしたことです。私はその時代に、みんなが結束と団結のために、小さなエゴを慎むようにしていたのを見ていました。それこそが私たちがしなければならないことです。エゴを脇に置くのです。「新しく自分のウェブサイトを作ったんだ」なんて言わないでください。既にウェブサイトを運用して仕事をなしている人々を探し出して、その仕事に参加し、自発的に活動するのです。

 それが私たちのしていることです。私たちには味方としてチームスターがいます。後はあらゆる支店とあらゆる道路を封鎖するのです。それは困難な仕事です。どうすれば成し遂げることができるのでしょうか?単にそこまで歩いて行って、そうするまでです。彼らの退職金を盗んでいる人々に反対している警察官たちもまた、私たちの味方です。私たちは警察だけでなく、軍隊に対しても団結を求めていくことでしょう。

 最初に集まったあなたたちのような人々は、そう、あなたたちのことです、どうしようもなく行き詰まっている。つまり、私たちはみなどうしようもなく行き詰まっているということです。アメリカで年収が二五万ドル以下の人間はみなどうしようもなく行き詰まっているし、強制労働に送られるか、無給で働くしかない。

 そして、そここそがこれから向かう先なのです。それを止めることはできません。あなたたちがしなければならないことが何であるにせよ、また、それが困難に見えようとも、私たちにはそれがわかっています。それが容易なら、やる価値はないのです。私にはあなたたちの声が聞こえているし、あなたたちには私の声が聞こえている。そして、私はそのことを知っているということを、知っておいてほしいのです。それほど間もないうちに、人々は五〇〇人ほどになるでしょう。二者択一などないでしょう。なぜなら、そここそが向かっている先だからです。

 他に選択肢はないのです。より多くの人々が権利を剥奪された状態にあります。私たちは既に、途方もない数によって勝利を収めています。私たちは、警察や軍隊にいる人々に参加を呼びかけています。なぜなら私たちは同じ敵に抗する同じ側の人間だからです。同じ状況に立たされた同じ人々なのです。そのことをよく考えてみましょう。

 何か他に付け加えることはありますか?



訳者コメント:
 女優でコメディアンのロザンヌ・バーが、「ウォール街を占拠せよ」で、昨年9月19日(つまり占拠開始の二日後)に行ったスピーチ。ロザンヌ・バーはエイミー賞とゴールデングローブ賞両賞の受賞者。

 原文として提示した動画と書き起こしを参照したが、書き起こしはやや不正確であり、彼女の語彙は口語的でくだけたものだ。そのためもあって(あるいはそれにかこつけて)、意訳した部分が多い。なお、動画には一箇所だが乱れる部分がある。読者からの誤訳等の指摘を歓迎したい。

 それにしても、この継続中の運動は可能性に充ちている。

by BeneVerba | 2012-07-17 04:49 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)
公式声明:私たちはウォール街を占拠する
First Communiqué: We Occupy Wall Street
2011年09月18日 - ウォール街を占拠せよ
原文:http://occupywallst.org/article/first-communique-we-occupy-wall-street/


 これは九九%からの最初の公式声明である。私たちはウォール街を占拠中である。

 二〇一一年九月一七日、およそ二〇〇〇人の私たちが金融街にデモをかけた。正午には私たちの先鋭がウォール街の先端へと向かい、ニューヨーク市警に逮捕するように促して、自発的な封鎖を行った。ストップ・ショッピング教会のビリー牧師と女優のロザンヌ・バーを含む話し手たちが、国立アメリカン・インディアン博物館の階段から群衆に話しかけた。その中には、コンシャスなラッパー、ルーペ・フィアスコやイモータル・テクニークもいた。

 大量に配備された警察をくぐり抜けながら、千名以上の私たちが、ボウリング・グリーン公園を出発し、「ウォール街は私たちの街だ!」「銀行ではなく民衆に力を!」などとシュプレヒコールを上げて、金融街を横切ってデモ行進して行った。多くの者がリバティ広場のところに残り、その後夜になると食事と水が振る舞われた。歌、踊り、操り人形などの芸術活動が、広場中に歓喜の声をもたらした。

 二〇〇〇人ほどの私たちは、コンセンサスによる意志決定プロセスに基盤をおく集会、ジェネラル・アセンブリーを開いた。一団は、ウォール街の回廊に囲まれたリバティ広場を、夜を徹して占拠することを決定し、寝袋の中や寄付された毛布に入り込んで眠った。東部時間の午前七時、日曜日の朝、絶え間のない警察の配備の中、私たちは依然として広場を保持している。次のアセンブリーが本日午前一〇時に予定されている。

 私たちは一つの声として語る。ウォール街へのデモ行進からリバティ広場での野営まで、私たちの全ての決定は、集団による、集団のためのコンセンサスを基板としたプロセスによるものである。



訳者コメント:
 昨年に発表された「ウォール街を占拠せよ」の最初の公式声明文。OccupyWallSt.orgにアップロードされた日付は9月19日になっているが、内容と曜日から判断して、占拠開始の翌日である18日日曜日に発表されたものではないか。原文中で「One Liberty Plaza」とある箇所は、通常ではマンハッタンにある高層ビルディングを指す固有名詞だが、文脈から判断して「リバティ広場」のことだと判断した。

[同日の変更点]
 いくつかの語句の変更。題名を「公式声明:私たちはウォール街を占拠する」に変更(以前は「公式声明文」としていた)。@mitra_mauryaさんの指摘を受けて、誤変換を修正。あらためて、どうもありがとうございました。

by BeneVerba | 2012-07-16 17:04 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
自律性についての宣言
Statement of Autonomy
2012年03月03日 - ウォール街を占拠せよ
原文:http://www.nycga.net/resources/statement-of-autonomy/

*この文書は、二〇一一年一一月一〇日に、「ウォール街を占拠せよ」ジェネラル・アセンブリーを通過した。また、改訂版が、二〇二二年三月三日に、「ウォール街を占拠せよ」ジェネラル・アセンブリーを通過した。


 「ウォール街を占拠せよ」は、人民の運動である。この運動は、党もない、指導者もいない、人民による、人民のための運動である。この運動は金儲けでもなく、政党でもなく、広告キャンペーンでもなければ、ブランドでもない。これは売り物ではないのだ。

 私たちは、誠意があり、非暴力によって不当な扱いを糺すことを願うあらゆる人々を歓迎する。私たちは、諸個人が参加型民主主義に携わり、平和的に集うためのフォーラムを提供する。私たちは、異議を歓迎する。

 ジェネラル・アセンブリー及び www.nycga.net でオンライン上に公表されたあらゆる声明及び宣言は、「ウォール街を占拠せよ」とは無関係だとみなされるべきである。

 私たちは、「ウォール街を占拠せよ」が、あらゆる既存の政党、候補者、組織と連携しておらず、したこともないことを明らかにしておきたい。私たちが連携しているのは、人民とのそれのみである。

 この運動を作るために共に働いている人々は、この運動だけに属する共同の管理人である。もしあなたが、この運動を築くために資源――とりわけ、あなたの時間と労力――を、捧げることを選ぶのなら、それはあなたのものである。

 私たちを、そうすることがあなた方自身の仕事の階層の制度的枠組みを問うことになり、私たちの原則をあなた方の行動様式に統合することになる知識で支えるあらゆる組織を歓迎する。

 私たちと語ろうではないか。私たちに言葉をかけるのではなく。

 「ウォール街を占拠せよ」は、集団的な資源、尊厳、統合、そして自律を金銭よりも高く評価する。私たちは、保証を受けていない。全ての寄付は匿名で受け付けられたものであり、ジェネラル・アセンブリーまたは運営的スポークス・カウンシルによって、コンセンサスを通して、透明に分配される。

 私たちは、私たちの世界をより良いものにするために働く、職業的活動家の存在を認める。もしあなたが、私たちのプロセスに参加している間に、代表者であるか、独立した財源によって報酬を得ているのなら、あなたの関係をまず始めに明らかにしてほしい。この運動を利用してお金儲けをしようとしているか、メッセージやシンボルを着服することによって運動を損なおうとしている人々は、「ウォール街を占拠せよ」の一部ではない。

 連帯を込めて。私たちは「ウォール街を占拠せよ」である。

by BeneVerba | 2012-06-15 02:05 | 翻訳 | Trackback | Comments(3)
占拠運動が次になすべきことは?
Noam Chomsky: What next for Occupy?
Noam Chomsky interviewed by Mikal Kamil and Ian Escuela
2012年04月30日 - ノーム・チョムスキー
原文:http://chomsky.info/interviews/20120530.htm


Q:チョムスキー教授、占拠運動は第二段階を迎えています。私たちの三つの主な目標は、1) 主流派を占拠して、テントから大衆の意識へと移行すること、2) 九九%の集会の自由と言論の自由を守り、暴力的な攻撃を避けて、運動を弾圧から守ること、そして、3) 企業の法人格を終わらせることです。これら三つの目標は、重なりつつ相互に関係しています。

 私たちがお訊きしたいのは、主流派による情報選別、人権に対する弾圧、カネと企業の役割に対するあなたの意見です。なぜなら、それらは占拠運動とアメリカの未来に関連しているからです。


A:占拠運動に関する報道は、混乱しています。当初それは拒否的で、まるでお遊びをしている馬鹿な子どもたちであるかのように、参加者たちを笑いものにするものでした。しかし、その後報道姿勢は変化しました。実際に、占拠運動のもっとも顕著でめざましい成功の一つは、多くの問題に関して議論の全体的枠組みを全く変えたことです。知られているはずなのに、余白に追いやられ、隠されていた事柄が、今では前面へと出てきました。実際に人口の一%という少数に、富が集中したことを原因とする、九九%と一%のイメージ、過去三〇年間で格差が劇的に拡大した事実などです。

 多数派にとって、実質収入は相当に停滞したものであるか、時には減少しています。給付金もまた減少しており、労働時間は長くなっています。第三世界的な窮状ではありませんが、豊かな社会、世界でもっとも豊かな国家に、ふさわしい状態でもありません。実際、人々が見て取れるように、多くの富がそこら中にあるのですが、ただ私たちのポケットにはないのです。

 これらの問題の全てが、今では前面化しています。今では、ほとんど標準的な議論の枠組みとなったと言っても、過言ではありません。占拠運動の用語法さえ、受け入れられています。これは大きな移行です。

 この月の初め頃、ピュー基金が、人々が、アメリカの生活において、何がもっとも大きな緊張と衝突の源だと考えているかを調査する、例年行われている世論調査の一つを発表しました。これまでで初めて、収入格差に対する関心がトップに躍り出ました。この調査は収入格差そのものを測定するものではなく、この問題に関する一般大衆の認知、受容、理解の程度が上昇したことを示すものです。これは占拠運動の貢献によるものです。現代生活における著しく重要な事実を議題に乗せて、個人的な経験からはこの事実を知らないかもしれない人々が、自分たちが一人ではなく、みんながそうだということを示したのです。実際に、アメリカはこの問題に関心を寄せる傾向にあります。史上前例がないほどに、格差が拡大しています。この報告の言葉によればこうです。「『ウォール街を占拠せよ』運動は、もはやウォール街を占拠していない。しかし、階級対立の問題が、全国的な意識のますます大きな割合を占めるようになっている。二〇四八人の成人を対象とした、ピュー調査センターの新しい調査によると、一般大衆の三分の二(六六%)が、富裕層と貧困層に、「非常に強い」もしくは「強い」対立があると考えている。これは二〇〇九年に比べて一九%の増加である」。

 一方で、占拠運動自体に関する報道は、多様なものです。いくつかのメディアにおいて――例えば経済誌の一部で――は、時々それなりに同調的な報道がなされています。もちろん、一般的な図式としては、「やつらはなんで家に帰って、私たちが仕事に取りかかれるようにしないんだ?」「政治的プログラムはどこだ?」「どうやって彼らは、どういう風に物事を変えるかという主流派の枠組みに合わせるのか?」などといったものですが。

 それから弾圧がやって来ましたが、これはもちろん不可避なものでした。これが全国的に協調した動きであることは明白です。それらのいくつかは暴力的で、その他はそれ程でもありませんでしたが、対立は続いています。いくつかの占拠地は、事実上排除されました。別の場所では、異なる形態で巻き返しています。それらのいくつかは報道されました。ペッパー・スプレーの使用などです。ですが、ほとんどは、またもや、ただの「なんでやつらは立ち去って、私たちを放っておかないんだ」といったものです。それは予想通りです。

 それらにどう対応するかという問題、それへの主要な取り組みは、あなた方が指摘した点の一つです。すなわち、比喩的な意味で、占拠の全面化へと至ることです。人口のより幅広い層を参入させることです。占拠運動の目的と目標に対して、大きな共感があります。それらは実際世論調査にもはっきりと現れています。しかし、人々を参加させるには、大きな努力が必要です。それには人々の生活の一部となることです。人々が自分にも何かができると思える何かになることです。ですから、人々が実際に生活している場へと出かけていくことが必要です。それはメッセージを送るという意味ではなく、もし可能ならば、そして難しいことでしょうが、この運動が真に達成したものの一つであるにもかかわらず、メディアでは充分に議論されていない――少なくとも、私は見たことがありません――ものを、広めるとともに、深化させようとすることです。それは、この運動の主要な達成の一つである、共同体を作ろうとする試みのことです。相互扶助、民主的な交流、お互いへの配慮などに基づいた、実際に機能する共同体です。これは非常に意義のあることです。特に私たちの社会のような、人々が孤立しがちで、近隣社会が壊れ、共同体が壊れ、人々が孤独に陥っている社会ではそうです。

 それを植え付けるためには、多大な努力を必要とするあるイデオロギーがあります。あまりにも非人間的であるために、人々の意識に注入するのが困難なイデオロギーです。それは、自分のことだけを気にかけて、他のあらゆる人々のことは忘れてしまえというイデオロギーです。その極端な例は、アイン・ランドです。実際のところ、文字通り一五〇年間に渡って、こうした思考法を人々に強制するための努力が行われてきたのです。

 一九世紀中葉、産業革命の初期に、東部マサチューセッツで、労働者の運営による非常に活動的な新聞が出現しました。工場で働く若い女性や、製作所の熟練工などによってです。彼ら自身が所有する新聞は、非常に興味深いもので、広く読まれるとともに、大きな支持がありました。そして、彼らは、産業システムが彼らから自由を取り上げ、硬直した階層的な構造を課していることを、辛辣に非難しました。彼らの主な苦情の一つは、彼らが「時代の新しい精神:利益以外の全てを忘れて、富を追求すること」と呼ぶものでした。一五〇年間にわたり、この「時代の新しい精神」を人々に強制するための尽力がなされてきたのです。しかし、それがあまりにも非人間的であるために、多くの反乱が起きました。そして、それは今も継続中なのです。

 私が思うに、占拠運動が真に達成したものの一つは、非常に目立つやり方で、この「時代の新しい精神」への拒否を発現させたことです。占拠運動に参加している人々は、自分たちのために参加しているのではありません。お互いのために、より幅広い社会のために、未来の世代のために参加しているのです。結束とつながりが形成されつつあり、もし、それらを維持することができ、より広い共同体に発展させることができるなら、時に暴力的な形を取るであろう不可避の弾圧に対して、真の防衛となることでしょう。


Q:それらに携わるには、占拠運動はどうするのが最善だと、どのような手法を採用すべきだとお考えですか?また、運動の拠点を分散化するために、実際の場所を持つことに、慎重であるべきだと思いますか?


A:公共の場所でもそうでなくとも、実際の場所を持つことは、確かに意味のあることです。それらがどの程度そうであるべきなのかは、状況の詳細な検討、支持の度合い、反対の度合いに基づいてなされるべき一種の戦術的な判断です。異なる場所で異なる判断が必要でしょう。私には、一般的な言明はわかりません。

 方法に関して言えば、この国の人々は問題と懸念を抱えており、それらの問題と懸念が、彼らを支持し、彼らから支持される人々による、より広い運動の一部だと感じるようになれば、そう、それは軌道に乗るでしょう。それをするのに、唯一の方法があるわけではありません。一つの答えはないのです。

 おそらくは近所を訪ねて、人々の懸念が何であるかを、知らなければならないでしょう。それは、子どもたちが学校へ行く途中で渡る交差点に、信号機が欲しいといった単純な問題かもしれませんし、差し押さえで人々が家から放り出されるのを、防ぎたいといったことかもしれません。

 もしくは、共同体を基盤とする企業を発展させることかもしれません。それは全く考えられないことではありません。どこか遠くの多国籍企業と銀行家からなる取締役会が、生産拠点をどこかに移すのを防ぐことのできる、労働者と地域社会が所有し管理する企業です。それらはいつでも起きている本物の、生きた問題です。そして、可能なことなのです。実際、散発的なやり方でそうしたことは起きています。

 警察の暴力や市政の腐敗といった、その他の全てに対処することも可能です。メディアを共同体に根ざしたものに再構築することも、全く可能です。人々が、共同体、エスニック、労働者などの集団に基盤を置いたメディアを持つことは可能なことです。それらの全てはなすことができます。そうしたことは、人々の労働を必要とし、人々を結びつけることができます。

 実際に、私は様々な場所で、その後追求されるべきモデルとなれる、そうした事例がなされるのを目撃しました。一つ例を挙げましょう。私は、数年前にブラジルに行き、ルラ元大統領と時間を過ごす機会がありました。といっても、当時は、彼が大統領に選ばれる以前のことです。彼は、労働問題の活動家でした。私たちは、あちこちを訪ねました。ある日、彼は私をリオの郊外へと連れ出しました。ブラジルの郊外は、もっとも貧しい人々が住む地域です。

 そこは亜熱帯気候で、その晩ルラは、多くの人たちが広場に集まっているところに、私を案内しました。午後九時頃、ゴールデン・アワーの時間です、メディアの専門家からなる少数の集団が、街からやって来て、広場の中央にトラックを設営しました。そのトラックは上にTV画面が載せてあり、その地域の人々によって演じられる寸劇や芝居を、それが映し出しました。そのうちのいくつかはただ楽しみのためのものでしたが、その他のものは、負債やエイズといった深刻な問題を取り扱っていました。広場に人々が集まるにつれ、役者たちがマイクを持って歩き回り、人々に映し出された劇へのコメントを求めました。それらは録画され、他の人々が見られるように、画面に映し出されました。

 近くの小さなバーに座っていた人々や、通りを歩いていた人々が反応し始め、それらの人々の間で、すぐに極めて深刻な問題、彼らの生活の一部である問題に関する、興味深い交流と議論が起こりました。

 もしそうしたことが貧しいブラジルのスラムで可能ならば、間違いなくその他の多くの場所でも可能です。私は、まさにそれをやるべきだと言っているのではありませんが、そうしたことが幅広い層を参入させ、人々に対して、ふさわしい需要が何であれ、共同体の形成と深刻なプログラムの発展に加わっているのだと、感じる理由を与えるために可能なことなのです。

 非常に簡単な事柄から、労働者と共同体が運営する企業による新しい社会的経済的システムを始めることまで、あらゆることが可能です。より積極的な大衆からの支持があれば、弾圧と暴力に対してより望ましい防衛が可能になります。


Q:占拠運動を利用することに関して、民主党の目標をどのように評価なさいますか?また、私たちが、用心し、気を付けなければならないことはなんでしょうか?


A:共和党について言えば、何年も前に、政党のふりをすることさえ放棄しています。彼らが打ち込んでいるのは、画一的かつ相当な熱意で、ごく少数の権力と利益に奉仕することであり、もはや政党であるとはほとんど言えません。彼らには、まるで古い時代の共産党のカリカチュアのような、想定問答集があります。彼らは、有権者から一票を獲得するために何かをしなければならないのですが、もちろんそれを――このイメージを用いるならば――一%から得ることはできません。なので、彼らは、いつでも存在しているが、政治的にはまとまっていない人口の各層を結集しようとします。キリスト教の宗教的熱狂主義、権利と国家が奪われているとする排外主義などを利用してです。

 民主党は、少しだけ共和党と異なっており、異なる有権者を抱えていますが、彼らも共和党と全く同じ道をたどっています。実質的に党を運営している今日の民主党中道派は、全く一世代前の共和党穏健派であり、彼らが今現在ある種の民主党主流派なのです。彼らは、自分たちの利益に基づいて、有権者をまとめ上げ、結集しようと――この表現がお望みなら、利用しようと――するでしょう。彼らは、全く白人労働者階級を見捨ててしまいました。それははっきりと見て取れます。なので、それらの人々は、かろうじて民主党の抱える選挙民の一部であるだけです。これは悲しい発展です。民主党は、ヒスパニック、黒人、進歩派を結集しようとするでしょうし、占拠運動にも手を伸ばすでしょう。

 組織化された労働者たちは、依然として民主党の選挙民であり、他の全ての集団と全く同様に、民主党は彼らを利用しようとするでしょう。政治的リーダーシップは、人々の頭を撫でてこう言うのです。「私は、あなた方のために働く。だから、私のために投票してほしい」と。占拠運動の参加者たちが理解しなければならないのは、彼らはあなた方のために何かするかもしれませんが、それは選ばれたリーダーシップに対して、何かをするように実質的な圧力を維持できた場合に限るということです。しかし、ごくまれな例外を除けば、彼らが独力でそれをすることはありません。

 カネと政治に関する限り、偉大なる金融家マーク・ハンナの言葉を打ち負かすのは困難です。約一世紀前、彼は政治において何が重要かを訪ねられ、こう答えたのです。「一番はカネだ。二番目もカネだ。三番目が何かは忘れた」。

 それは一世紀前のことですが、現在ではさらに極端になっています。集中化した富は、当然にも、その富と権力を、可能な限り政治システムを乗っ取り、運営し、望み通りのことをやらせるのに使うでしょう。一般大衆は、それに抗う方法を見つけなければなりません。

 数世紀前に、デイヴィッド・ヒュームのような政治理論家たちは、政府の基礎付けの一つとして、権力は統治する者ではなく、統治される者の手にあることを正確に指摘しました。これはまさしく封建社会、軍事国家、議会制民主主義にとって真実でした。権力は、統治される者の手にあるのです。支配者がそれに打ち勝つには、世論と意見をコントロールすることによってのみ可能です。

 一八世紀中葉において、ヒュームは正しかった。そして、彼の言ったことは、現在でも真実であり続けています。権力は、全民衆の手にあるのです。現在では、より少ない人々が、それをコントロールしようとする多大な努力があります。なぜなら、多くの権利が勝ち取られて来たからです。現在の方法は、プロパガンダであり、消費主義であり、エスニックな憎悪をかき立てることであり、あらゆる方法が採用されています。もちろん、それは今後も続くでしょうし、私たちはそれに抵抗する術を見つけるべきです。

 その人物があなたの望むことをやる限り、特定の立候補者に仮初めの支持を与えることは、何も間違ったことではありません。しかし、もし多大な努力なしに彼らをリコールできれば、より民主的な社会となるでしょう。他にも立候補者に圧力をかける方法はあるでしょう。そうしたことをやるのと、利用されること、誰か他の人物の利益に仕えるために結集されることの間には、細い一線があります。しかし、それらはなされるべき不断の判断と選択によるのです。



訳者コメント:
 例外はあるだろうが、論理的な人の文章ほど、読みやすく訳しやすいと思っている。実際、英文記事より、(それほど読むわけではないが)学者の書いた本の方がわかり易かったりする。その点チョムスキーの文章は、その多くが彼のスピーチに基づいているせいもあるだろうが、把握し易い。

 このインタビューは、今年4月末日に発表されたもので、彼の著書『オキュパイ』にも収録されており、そこからの抜粋であるとのこと。興味深く読んだのは、後半三分の一ほどで、共和党も民主党も政党としての(つまり有権者を代表するという)役割を放棄したと語る部分だ。

 たまたま、チョムスキーの『現代世界で起こったこと』を再読する機会があったが、そこで彼がレーガン元大統領について述べているのは、いかにアメリカ大統領が、実際の権力者たち(資本あるいは企業と言ってもいい)の傀儡と化したかということだった。彼によれば、こうした事態はアメリカ史上初めてのことではないかと言う。

 もちろんこれは、その後登場したブッシュ・ジュニアについて、はるかに良く当てはまる。現在の日本では、こうした例は、橋下大阪市長や野田首相に見られる。それ程注意深い観察者でなくとも、彼らに政治的信念がなく、実際の権力のエージェントとして機能していることが、見て取れるだろう。新自由主義とは、おそらく政治的には民主主義の限りなき空洞化である。

by BeneVerba | 2012-06-07 20:41 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)