タグ:ナオミ・クライン ( 15 ) タグの人気記事

〈資本主義〉対〈気候変動〉
Capitalism vs. the Climate
2011年11月09日 - ナオミ・クライン
原文:http://www.thenation.com/article/164497/capitalism-vs-climate?page=full


――ハートランド会議の四列目の紳士


 四列目にいた紳士が質問を投げかけた。

 自分はリチャード・ロスチャイルドだと、彼は自己紹介した。彼は、自分はメリーランド州のキャロル郡の郡行政委員会委員に立候補したと聴衆に語りかけ、なぜなら地球温暖化に取り組む政策は、実際のところ「アメリカ中産階級資本主義に対する攻撃」に他ならないという結論に達したからだと述べた。六月の下旬、ワシントンDCのマリオットホテルに集まったパネリストたちに、彼が投げかけた質問はこういうものだった。「一体どの程度までこの運動全体は、その腹の中に赤いマルクス主義者の社会経済的な教義を詰め込んだ、単なる緑色をしたトロイの木馬なのですか?」。

 ここハートランド協会(Heartland Institute)の第六回気候変動国際会議(International Conference on Climate Change)――人類の活動が地球温暖化を招いているという圧倒的な科学的合意を否定すべく血道を上げている人々の最たる集まり――では、これは修辞的な疑問と見なされた。それは、ドイツ連邦銀行の銀行家たちの集まりに、ギリシア人たちは信用ならないのかどうかを訊ねるようなものだった。にもかかわらず、パネリストたちは質問者に対して、彼がどれほど正しいのかを述べる機会を逃しはしなかった。

 クリス・ホーナー――競争的企業協会(Competitive Enterprise Institute)の上級研究員で、気候変動を調査する科学者たちを、やっかいな民事訴訟と情報公開法による法的尋問で困らせることが専門――は、テーブル・マイクを口元に曲げた。「あなたはこの会議が気候に関するものであることをご存じでしょう」。暗い影のある声で彼はこう言った。「多くの人がそれを信じている。だがそれは合理的な信念ではないのです」。ホーナーの年の割に早い銀髪は、彼を右翼版のアンダーソン・クーパーのように見せていた。彼は好んでソール・アリンスキーの言葉を引用した。「この問題は本当の問題ではないのです」。この問題は次のように見えるのだと言う。「自由社会はこの課題が要求するものを、独力で成し遂げることはできないのです……。障害となっているやっかいな自由を取り除くことが、そのための第一段階となるでしょう」。

 気候変動はアメリカの自由を盗むための陰謀だとする主張は、ハートランド協会の標準からすればむしろ穏健なものである。二日間の会議を通じて、私が知ることになるのは次のような主張だ。地域主体のバイオ燃料精錬所を援助するオバマの選挙公約は、本当は「緑色のコミュニタリアニズム」であり、「銑鉄の溶鉱炉を皆の裏庭に設置する」という「毛沢東主義者」の計画に類似するものだ(カトー協会のパトリック・マイケルズ)。気候変動は「国家社会主義の隠れ蓑だ」(元共和党の上院議員で引退した宇宙飛行士のハリソン・シュミット)。環境保護論者は、限りない人々を犠牲にして神を宥め、なんとか天候を変えようとするアステカの僧侶のようだ(否定論者の主要なウェブサイト ClimateDepot.com の編集者、マーク・モラーノ)。

 しかしながら、私がとりわけよく聴くことになったのは、四列目の郡行政委員会委員が表明した意見の異なるヴァージョンだった。気候変動は資本主義を廃止し、それを何らかのエコ社会主義と取り替えるために設計されたトロイの木馬である。会議の演説者ラリー・ベルが、彼の新著『崩壊する気候変動(Climate of Corruption)』の中で簡潔に述べているように、気候変動は「環境の状態とはほとんど関係がなく、資本主義を束縛することにより関係しており、グローバルな富の再分配のために、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフを変えようとするものだ」。

 そう、確かに会議の代表者たちが見せる気候科学に対する拒否は、データについて重大な意見の相違があるような振りをして見せている。そして主催者たちは、集会を「科学的方法の復権」と呼び、組織名として気候変動における指導的な権威であるIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の一文字違いであるICCCすら採用して、ある程度まで信頼のおける科学的な会議を真似ようとしている。だが、この会議で提示された科学的理論は古くて、もう長い間信用されていないものだった。そして、それぞれの演者が次の演者と矛盾するように見えることを説明する何の試みもなされなかった(温暖化が存在しないにしろ存在するにしろ、それは問題ではないではないか?もし、温暖化が存在しないのなら、これらの太陽黒点が気温を上昇させているとかいう話は一体何なのか?)。

 実際のところ、ほとんどが年輩の人々である聴衆の何人かは、気温のグラフが投影されている間、居眠りをしているようだった。彼らは、この運動の「ロック・スター」たちが登壇する時だけ活気づくのだ。Cチームの科学者たちではなく、モラーノやホーナーのような、Aチームのイデオロギー的闘士たちだ。これこそがこの集会の目的である。今後の年月に備えて、頑迷な保守派の否定論者たちに、それを使って環境保護論者や気候科学者たちをぶちのめすことのできる、修辞的な野球バットを収集するためのフォーラムを提供することが。最初にここで試された論題は、やがて「気候変動」や「地球温暖化」という言葉を含む、あらゆる記事と YouTube の動画のコメント欄を溢れさせることになるのだ。それらはまた、数百人の右派のコメンテーターと政治家たちの口からも飛び出すだろう。共和党の大統領候補であるリック・ペリーやミシェル・バックマンから、ぐっと下がってリチャード・ロスチャイルドのような郡行政委員会委員まで。会議外のインタビューで、ハートランド協会の会長であるジョセフ・バストは、誇らしげに「数千の記事や論説、演説が……これらの会議の一つに出席した誰かによって情報提供を受けているか、もしくは動機付けられている」ことは自分の手柄だと述べた。

 ハートランド協会――シカゴに拠点をおく「自由市場のソリューションを促進する」ためのシンクタンク――は、二〇〇八年以来、時には年に二度、これらの懇談会を開催してきた。そしてその戦略は功を奏しているようだ。一日目の終わりに、モラーノ――二〇〇四年の大統領選挙の時に、ジョン・ケリーを落とすための「真実のための退役快速船軍人の会(Swift Boat Veterans for Truth)」の話を、論破したことで有名になったこともある――が、一連のウィニングランで集会をリードした。キャップ・アンド・トレード方式?とっくに死んでる!コペンハーゲン・サミットのオバマ?とんでもない大失態!環境保護運動?ただの自殺行為!彼は環境保護活動家が自分を責めているいくつかの引用を(進歩派もよくやるように)投影すらした。そして、聴衆たちに断然として「祝おうじゃないか!」と勧めたのだった。

 そこには屋根の垂木から降りてくる風船も紙吹雪もなかったが、あった方がふさわしかっただろう。

 * * *


訳者コメント:
 彼女のTwitterによれば、ナオミ・クラインの次回作の一部もしくはその草稿のようなものであるらしい「〈資本主義〉対〈気候変動〉(Capitalism vs. the Climate)」と題された長文論説の全訳を分割して公開。文字数制限のためコメントは割愛。目次はこちら。続きはこちら

by BeneVerba | 2012-06-03 11:01 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
〈資本主義〉対〈気候変動〉
Capitalism vs. the Climate
2011年11月09日 - ナオミ・クライン
原文:http://www.thenation.com/article/164497/capitalism-vs-climate?page=full


〈資本主義〉対〈気候変動〉 [1/8] -- ハートランド会議の四列目の紳士
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [2/8] -- 科学的合意の拒絶へと向かう世論
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [3/8] -- 気候変動否定派から裏返しに学ぶ
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [4/8] -- 六つの領域における新経済への移行
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [5/8] -- 気候変動への対応策と資本主義
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [6/8] -- 階級的特権と気候変動否定論の関係
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [7/8] -- 気候変動が導くヴィジョンと左派の役割
〈資本主義〉対〈気候変動〉 [8/8] -- 不可避の未来に希望を広げるために



コメント:
 ナオミ・クラインの長文論説「〈資本主義〉対〈気候変動〉」の目次。2012年6月3日にようやく翻訳が完結。副題は内容の把握を容易にするために、私が勝手に付けたもの。一つの記事について投稿文字数に制限があるため分割して掲載。全8編。いつものように誤訳その他の指摘歓迎。

 ところで、『Democracy Now!』のこちらの動画「ナオミ・クライン:究極の危機『気候変動」を利用して軍国主義が台頭?」は是非おすすめ。

by BeneVerba | 2012-06-03 11:00 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)
 それまで、「ウォール街を占拠せよ」運動にそれ程関心を払って来なかった私が、ナオミ・クラインのスピーチを翻訳し公開しようと思ったのは、私自身がそれに深く心を動かされたからだった。短い言葉で言えば、そこに資本主義批判と環境問題との接合を見たからだ。「ウォール街を占拠せよ」運動と脱原発運動の接合を見たからだ。

 訳に取り掛かると、早速「I was honored...」という、はしがきの最初の一文に引っ掛かることになった。この難しい単語が一つもない文が意外にも訳しにくいのは、「honor(名誉)」という単語が動詞として受身形で使われているからだ(訳文では「栄誉を授かった」としている)。そうした言い回しは日本語に移しにくい。

 このブログは当初、彼女のスピーチを紹介するために開設されたのだったが、アクセス数は開設後の数日間で2千人を越えた。おそらく、それらの人々も変革を求めており、より良い社会を築くための可能性を彼女のスピーチに見たのだろう。


 ところで、匿名で翻訳するということは、何重もの意味で隠れたあり方だ。

 匿名であるということは、実名を明らかにしていないということだけでなく、なぜ実名を明らかにしないのかその理由も明らかにしないということだ。そして、翻訳者は原文の書き手に対して、追い越すことも後れを取ることもできないし、押しのけることもできない。ただ、後を追いかけることができるだけだ。

 一方、それを公開するということは、何も隠すところのない行為だ。そしてその二つの間に、問題が一つある。もし、インターネット上の匿名の翻訳者という曖昧で複雑な存在に対して「名誉」が与えられるとしたら、誰がどんなやり方でそうするのかということだ。


 この問題に対して、昨日27日の朝日新聞朝刊の「祝島からNYへ 希望の共同体を求めて」と題された論壇時評で、高橋源一郎氏と朝日新聞は一つの回答を与えた。それは実際に私の訳文そのものを引用し、注記でこのブログの名称とURLを紹介するというものだった。

 引用された言葉は、私が考えあぐねた末に訳したという意味で、紛れもなく私の言葉だった。

 例えば、「stay put」は改稿を重ねるうちに「とどまり続ける」から「居続ける」になった。「flowers」を「花」にするか「花々」にするか考え、後者にした。「the information age」は「この情報の時代」とでも訳したかったが、「情報化時代」としなければならなかった。「a fact」を「現実」とするか「事実」とするか迷ったあげく前者とした。

 「have roots」は最初「根を持っていない」と直訳していた。その後、「root」という単語が動詞として「根づく」という意味があることを考慮し、「根をはって」とした。今となっては正確に思い出せないが、そこには祝島への思いがあったかもしれない。なぜなら、震災からそれ程経っていない時期のある集会で、初めて祝島と上関原発のことを知り、それについて考えざるを得なかったからだ。


 それ以外の方法が採用されるおそれもあった。実際には私の訳文を参照しているのにこっそり訳し直したり、引用せず単にナオミ・クラインがこういう話をしたという形で内容だけを伝えたりといったやり方で。しかし氏はそうしなかった。

 そして、題名からもわかるとおり、ニューヨークと祝島を重ね合わせて新たな社会のあり方を探ることが、この時評のテーマだ。高橋氏もまた訳文を読んだ一人であり、そこに可能性を見た一人であり、私が半ば無意識的に訳文に盛り込んだ意味を探り当てたのかもしれない。


 日本の社会は、そして日本のインターネット社会は、匿名性の強いものになっている。そして今私はこんなことを考えている。もし、日本の社会に匿名であることや、社会への主張を控えることを強いるような何かがあるのならば、個人に対するそうした抑圧を取り除くことで、社会を変革していくことが可能になるのではないか。

 私は、自分の訳した文章が引用されることによって、匿名であるまま記名性を与えられた。それは「honor(名誉)」の問題というよりは、「credit(名誉)」の問題だ。高橋源一郎氏と朝日新聞にあらためて感謝の言葉を申し上げる。

 そして、そういう風に匿名の存在をとり扱うのは「honorable(立派)」な態度だと言いたい。なぜなら、それが個人への抑圧を取り除くかもしれないからだ。私以外の人々に対しても、そうした「名誉」が与えられることを願う。

by BeneVerba | 2011-10-28 14:53 | 運営 | Trackback | Comments(0)
ウォール街を占拠せよ:今世界で最も重要なこと
2011年10月6日 - ナオミ・クライン
URL:
http://www.youtube.com/playlist?list=PLF483E06AFAA6C9F4





キャプション:
 リバティ広場では拡声器が禁止されていたため、人間マイクロフォンが解決策になった。遠くの人々も聞こえるように、群衆が演説者がしゃべったことを反響するのだ。


 「ウォール街を占拠せよ」の皆さん、こんにちは。

 あなたたちを愛してます。

 私は今あなたたちに「私を愛しています」と返すように、とは言いませんでしたね。これは明らかに人間マイクロフォンのボーナス機能です。他の人たちからあなたへと言われたことを、あなたから他の人たちへと言ってください。ずっと大きな声で。

 昨日、労働者のデモで講演者の一人がこう言いました。「我々はお互いを見つけたのだ」と。今ここで形成されている空間の美しさをこの感想はまさに捉えています。大きく開かれた空間の美しさを。同様に、どの空間も収容することができないほど大きなアイディアを。より良い世界を望むすべての人々に、大きく開かれた空間を。それらの人々がお互いを見つけるための。私たちは大きな嬉しさに包まれています。

 私が知っていることが一つあるとすれば、1%の富裕層は危機を愛しているということです。なぜなら危機の間に、パニックと恐怖が支配する時に、彼らのほしい物リストを押し通すことが可能になるからです。さもなければ押し通せない企業優先政策のリストです。そして、彼らは教育を民営化します。そして、彼らは社会保障を狙い打ちにします。そして、彼らはわずかばかりの公共サービスを大幅に削減します。私たちの中でも最も脆い環境に置かれてる人々の役に立つものをです。そして「すまないが、他に選択肢はない。今は危機なのだ」と言うのです。この経済危機の最中、これが世界中で起こっていることなのです。1%の富裕層は、残りの99%である私たちに彼らの法案を押しつけるのです。彼らの危機に乗じてです。

 幸いにも、この戦略を防ぐたった一つのものがあります。それはとても大きなものです。それは99%です。それがマディソンからマドリッドまでで、起こっていることなのです。「私たちはお前たちの危機に金を払うつもりはない!」

 そのスローガンは、2008年にイタリアで始まりました。それはギリシャに素早く広がりました。フランスにもです。そして世界中に飛び火していき遂に故郷へと帰り着きました。危機が最初に生まれた場所へと。

 「彼らはなぜ抗議しているんだ?」当惑した識者たちが訊ねています。その一方で世界の残りはこう訊ねているのです。「何でそんなに時間がかかったんだ?」と。「いつになったら現れるのかと思っていたよ」。そして何よりもこう言っているのです。「ようこそ」と。

 多くの人が類似点を比較しています。「ウォール街を占拠せよ」とかつて反グローバリゼーション抗議運動と呼ばれたものとの。それはとても縛りのない集りの運動でした。そして、反資本主義の運動でした。シアトルで1999年に世界の注目を集めた運動です。私はその一部だったことを誇りに思っています。私たちが呼ぶところの「運動の運動」の一部だったことを。

 両者には類似点もありますがしかし違いもまたあるのです。サミットは一時的なものです。それらはたった一週間続くだけです。そのことが私たちも一時的な存在にしました。私たちは現れ、消えました。それからの愛国心と軍国主義の狂乱の中で、9.11の攻撃に続く狂乱の中で、容易なことでした、私たちを完全に一掃するのは。

 一方「ウォール街を占拠せよ」は、固定された場所を選びました。場所に終わりはありません。これはとても賢明なことです。あなたたちが居続けるその間だけ、根をのばすことができるのです。だから嵐が来た時、私たちが洗い流されることはないでしょう。





 水平的かつ深く民主的であることは、素晴らしいことです。しかしこうした原則は、深い互換性を持っています。建造物や団体を築き上げる重労働と。やって来る嵐を乗り切るのに充分なほど頑丈なそれらを築く行為と。私はそれがやがて起こるのだと確信しています。そしてこの運動はその準備ができているのだと。

 他にもこの運動は、正しいことをしています。あなたたちは非暴力であろうと決心しています。あなたたちは、メディアが切望している壊れた窓や、通りでの乱闘のイメージを与えることを、拒否しています。そしてその驚くべき規律は、警察の恥ずべき不当な暴力に話が及ぶ結果を引き起こしています。それこそがまさに、私たちが昨晩に多く目撃し、非難したものです。一方で、この運動への支持はより強く拡大し続けています。日々拡大しているのです。

 十年という時がもたらした他の違いは、私たちが通りに繰り出していた時には、経済が好景気を迎えていたということです。本当に大変なことだったのです、規制緩和の資本主義について話すのは。特に豊かな国々ではそうでした。

 しかし、十年後の今、もはや豊かな国などないかのようです。たくさんの豊かな人たちがただいるだけです。公共の富を略奪し、豊かになった人たちです。天然資源を使い尽くし、汚染しながらです。

 今日では誰もが見て取れるように、このシステムは制御不能です。足かせをはずされた貪欲は、世界経済を破壊しました。そしてそれは同じく、地球を破壊しているのです。私たちは海を乱獲し、水圧破砕法と深海掘削で水を汚染し、地球上で最も汚い形態の化石燃料へと向かっています。あなたが指揮者ね?そんな感じ。アルバータ州のタール・サンドのようにです。私の国の真ん中に空いたブラック・ホールです。そして、大気は私たちが排出する炭酸ガスの総量を吸収しきれないのです。したがって、新たなる常態は連続的な災害です。経済的であり生態的である災害です。

 私たちがみな知っているように、あるいは少なくとも感じているように、この世界は逆さまなのです。私たちはまるで尽きることがないかのように振る舞っています。実際には有限である天然資源に対してです。そして私たちは、まるで厳格で不動の限界があるかのように振る舞っています。実際には豊富であるものに対してです。私たちが理想とする社会を築くための財源のことです。

 私たちの時代の課題は、これをひっくり返すことです。まともで包摂的な社会築くことは可能なのだ、と主張し続けることです。一方で同時に、地球の自然の限界に注意を払うことです。

 気候変動が意味しているのは、私たちはこれを、締め切りまでに成し遂げなければならない、ということです。今度は私たちの運動は、気を逸らされてはなりません。分断されても、燃え尽きてもなりません。そして私たちは、ここに居続けることで、彼らを崩壊させることができるのです。





 今度こそ、私たちは成功しなければなりません。私が言っているのは、銀行を規制し、金持ちに課税することだけではありません。それらも、ぜひともやるべきですけど。

 私が言っているのは、私たちの文化の根本的な価値観を変える、ということです。それは難しいことです。それをメディアのサウンドバイトにぴったり収めることも難しい。しかし、難しくてもなお緊急を要することなのです。

 それがまさに、この広場で起こっていることです。互いに食べ物を与えあうというやり方の中に。そして、互いに暖めあい、無料で医療を提供し、「瞑想のクラス」と呼ばれているものを提供するというやり方の中に。何?私が瞑想が好きだって知らなかった?私のここでのお気に入りのサインは「私はあなたを気にかけている」というものです。お互いの視線を避けるように人々を訓練する文化において、私たちを「奴らには死なせておけ」と言わせるように訓練する文化において、これはラディカルな声明です。

 私たちのみながその一部であるこの偉大な闘争において、重要ではないいくつかのことがあります。

・私たちが何を着ているのか。
・私たちは拳を振り回すのか、それともピース・サインを作るのか。
・私たちのより良い世界への理想を、合わせることができるかどうか。メディアのサウンドバイトに。

 そして、この偉大な闘争において、重要ないくつかのことがあります。

・勇気。
・私たちの倫理的な基準。
・私たちがお互いをどのようにとり扱うのか。

 私たちは、地球上で最も強力な勢力に、喧嘩をふっかけました。それは少しばかり恐ろしいことかもしれません。この運動が強力に成長するにつれ、もっと恐ろしいことになるでしょう。そこには誘惑が常にあるでしょう。小さな目標へと移行する誘惑が。例えば、あなたの隣に座っている人に対して、のように。結局のところ、それは勝つのがより容易な闘いなのです。

 私はくだらないことで言い争うな、とは言いません。しかし私が言いたいのは、私たちが協力して働こうと計画したかのように、お互いをとり扱いましょう、ということです。これからの長い長い年月のために。なぜならこの闘いが、まさにそれを要求するからです。

 この素晴らしい運動を取り扱いましょう、それが世界で最も重要なことであるかのように。なぜなら、実際にそうだからです。

 ありがとうございました。


運営者より:
 ナオミ・クラインの「ウォール街を占拠せよ」でのスピーチ動画に、日本語字幕を付けて公開。パート1からパート3までの全三本。オリジナルのキャプションと重なって読みにくい部分はご容赦を。既に公開している、彼女の「定稿」に基づく拙訳とはまた違った趣があると思う。例によって、誤訳が含まれている可能性がある。

 字幕を付けるにあたっては、彼女の筆が入ったはずのその「定稿」と、それに対する拙訳とを参照しながら、実際の演説との異同を確認し、ふさわしいものに仕上げたつもりだが、訳者の能力の限界に基づく誤訳があれば、申し訳ない。せめて、彼女の真摯な姿勢と「占拠」の現場の臨場感を感じ取っていただきたい。

by BeneVerba | 2011-10-25 14:01 | 動画 | Trackback | Comments(2)
ウォール街を占拠せよ:今世界で最も重要なこと
Occupy Wall Street: The Most Important Thing in the World Now
2011年10月6日 - ナオミ・クライン
原文:http://www.naomiklein.org/articles/2011/10/occupy-wall-street-most-important-thing-world-now


 私は、木曜日の夜に「ウォール街を占拠せよ」で話すように招かれるという、栄誉を授かった。アンプが(恥ずべきことに)禁止されていたので、私が言ったことは全て、他の人々にも聞こえるよう、何百もの人々によって繰り返されなければならなかった(別名「人間マイクロフォン」)[1]。そのため、私が実際にリバティ広場(Liberty Plaza)で言ったことは、非常に短いものでなければならなかった。そのことを念頭に置いてほしい。これはより長い、ノーカット版のスピーチである。


 あなたたちを愛してます(I love you)。

 私は今、数百人のあなたたちに、「あなたを愛してます(I love you)」と大声で返してくるように、とは言いませんでしたね。これは明らかに人間マイクロフォンのボーナス機能です。他の人たちからあなたへと言われたことを、あなたから他の人たちへと言ってください、もっと大きな声で。

 昨日、労働者のデモで講演者の一人がこう言いました。「我々はお互いを見つけたのだ」と。この感想は、今まさにここで形成されているものの美しさを捉えています。より良い世界を望むすべての人々が、お互いを見つけるために、大きく開かれた空間を。同様に、どの空間も収容することができないほど、大きなアイディアを。私たちは大きな嬉しさに包まれています。

 私が知っていることが一つあるとすれば、1%の富裕層[2]は、危機を愛しているということです。人々がパニックに陥り、絶望し、何をすればいいのか誰も見当もつかない、その時こそ、彼らが企業優先政策のほしい物リスト(wish list)を押し通す、理想的な時なのです。教育と社会保障を民営化する、公共サービスを大幅に削減する、企業の力への最後の制約を取り除く。この経済危機の最中、これが世界中で起こっていることなのです。

 そして、この戦略を防ぐたった一つのものがあります、幸いにもそれはとても大きなものです。それは99%です。残りの99%がマディソンからマドリッドまで通りに繰り出し、「ノー、私たちはお前たちの危機に金を払うつもりはない」と言うことです。

 そのスローガンは、2008年にイタリアで始まりました。それはギリシャとフランス、アイルランドへと飛び火していき、遂に危機が始まった場所へとたどり着きました。

 「彼らはなぜ抗議しているんだ?」。テレビでは当惑した識者たちが訊ねています。 その一方で世界の残りはこう訊ねているのです。「なんでそんなに時間がかかったんだ?」。「いつになったら現れるのかと思っていたよ」。そして何よりこう言っているのです。「ようこそ」と。

 多くの人が「ウォール街を占拠せよ」と、1999年にシアトルで世界の注目を集めた、いわゆる反グローバリゼーション抗議運動との類似点を比較しています。あれはグローバルで、若者主導で、分散型の運動が、企業の力に対して直接的に狙いを定めた最後の時でした。そして私は、私たちが呼ぶところの「運動の運動(the movement of movements)」の一部だったことを、誇りに思っています。

 しかし、重要な違いもまたあるのです。例えば我々は目標として、世界貿易機関(WTO)、国際通貨基金(IMF)、G8といった、サミットを選びました。サミットはその性質上一時的なもので、一週間続くだけです。それはつまり、私たちもまた一時的なものであったということです。私たちは現れ、世界中のメディアの見出しを飾り、そして消えました。それから、9.11の攻撃に続く苛烈な愛国心と軍国主義の狂乱の中で、私たちを完全に一掃するのは容易なことでした。少なくとも北アメリカではそうだったのです。

 一方「ウォール街を占拠せよ」は、固定された標的を選びました。あなたたちは、ここでの自分たちの存在に、終了期日を設けていません。これは賢明なことです。あなたたちが居続けるその間だけ、あなたたちは根をのばすことができるのです。これは決定的なことです。あまりにも多くの運動が美しい花々のように咲き、すぐに死に絶えていくのが情報化時代の現実です。なぜなら、それらは土地に根をはっていないからです。そして、それらはどうやって自分たち自身を維持し続けるかについて、長期的な計画を持っていないからです。だから嵐が来た時、それらは洗い流される。

 水平的かつ深く民主的であることは、素晴らしいことです。しかしこうした原則は、これからやってくる嵐を乗り切るのに充分なほど頑丈な、建造物や団体(structures and institutions)を築き上げる重労働と、互換性があるのです。私は、それがやがて起こるのだと確信しています。

 他にもこの運動は正しいことをしています。あなたたちは、非暴力であろうと決心しています。あなたたちは、メディアが切望している壊れた窓や、通りでの乱闘のイメージを与えることを、拒否しています。そしてその驚くべき規律は、いくどとなく、警察の恥ずべき不当な暴力[3]に話が及ぶ結果を引き起こしています。それこそまさに、私たちが昨晩に多く目撃したものですね。一方で、この運動への支持は拡大し続けています。より多くの知恵とともに。

 しかし、十年という時がもたらした最大の違いは、1999年には私たちは熱狂的な好景気の絶頂時に、資本主義と対決していたということです。失業率は低く、株式のポートフォリオは急騰していました。メディアは金融緩和政策に酔っていた。当時それは操業停止(shut downs)ではなく、新設企業(start-ups)に関するものばかりでした。

 私たちは、熱狂の背後にある規制撤廃が相当の犠牲を払うものであることを、指摘しました。それは労働基準に損害を与えていました。それは環境基準にも損害を与えていました。企業は政府よりも強力になろうとしており、民主主義に損害を与えていました。しかし、あなたたちに正直に言うなら、良い時代が過ぎる中で、貪欲に基づく経済システムに挑むことは、困難な説得でした。少なくとも豊かな国々ではそうでした。

 十年後の今、もはや豊かな国などないかのようです。ただ、たくさんの豊かな人たちがいるだけです。公共の富を略奪し、世界中の天然資源を使い尽くしながら、豊かになった人たちです。

 論点は、今日では誰もが見て取れるように、このシステムがとてつもなく不公正で、制御不能なまま疾走していることにあります。足かせをはずされた貪欲は、世界経済を破壊しました。そしてそれは同じく、自然界を破壊しているのです。私たちは海を乱獲し、水圧破砕(fracking)と深海掘削で水を汚染し、アルバータ州のタール・サンドのように、地球上で最も汚いエネルギーの形態へと向かっています。そして、私たちが排出する炭酸ガスの総量を吸収しきれない大気は、危険な温暖化を引き起こしています。連続的な災害が、新たな常態となりました。経済的であり生態的である災害です。

 これらが地上の事実(the facts on the ground)です。1999年に比べて、これらがあまりにも露骨で、あまりにも明白なため、公衆が理解するのも、運動を構築するのもはるかに容易なのです。

 私たちがみな知っているように、あるいは少なくとも感じているように、この世界は逆さまなのです。私たちは、実際には有限であるものに対して、まるで尽きることがないかのように振る舞っています――化石燃料とその排出物を吸収する大気中の余地のことです。そして私たちは、実際には豊富であるものに対して、まるで厳格で不動の限界があるかのように振る舞っています――私たちが必要とする種類の社会を構築するための財源のことです。

 私たちの時代の課題は、これをひっくり返すことです。この偽の希少性に挑戦することです。私たちには、まともで包摂的な社会(decent, inclusive society)を構築するだけの余裕があるのだ、と主張し続けることです――その一方で同時に、地球が引き受けることができる本当の限界に注意を払うことです。

 気候変動が意味しているのは、私たちはこれを、締め切りまでに成し遂げなければならない、ということです。今度は私たちの運動は、出来事によって気を逸らされても、分断されても、燃え尽きても、一掃されてもなりません。今度こそ、私たちは成功しなければなりません。私が言っているのは、銀行を規制し、金持ちに増税することではありません。それらも重要なことではあるとはいえ。

 私が言っているのは、私たちの社会を統治している根本的な価値観を変える、ということです。それは、メディア好みの一つの要求事項(a single media-friendly demand)にぴったり収めるのは難しいし、どういう風に成し遂げればいいのか把握するのも難しいことです。しかし、難しくてもなお緊急を要することなのです。

 私はそれを、この広場で起こっていることに見ているのです。互いに食べ物を与えあい、互いに暖めあい、自由に情報を共有し、無料の医療や「瞑想のクラス」と呼ばれているものを提供し、エンパワーメントの訓練を施すというやり方の中に。私がここで気に入ったサインは、「私はあなたを気にかけている(I care about you)」と言っています。お互いの視線を避けるように人々を訓練する文化――言うなれば「奴らには死なせておけ」の文化――において、これは深遠でラディカルな声明です。

 最後にいくつかの考えを。この偉大な闘争の中で、重要ではないいくつかのことがあります。

  • 私たちが何を着ているのか。

  • 私たちは拳を振り回すのか、それともピース・サインを作るのか。

  • 私たちのより良い世界への理想を、メディアのサウンドバイト[4]に適合させることが可能かどうか。

 そしてここに、重要ないくつかのことがあります。

  • 私たちの勇気。

  • 私たちの倫理的な基準(moral compass)。

  • 私たちがお互いをどのようにとり扱うのか。

 私たちは、経済的にも政治的にも地球上で最も強力な勢力に、喧嘩をふっかけました。それは恐ろしいことです。そしてこの運動が、ますます強力に成長するにつれ、もっと恐ろしいことになるでしょう。そこには小さな目標へと移行する誘惑があることに、常に警戒しておいてください。例えば、この集会であなたの隣に座っている人に対して、のようにです。結局のところ、それは勝つのが容易な闘いなのです。

 そうした誘惑に屈してはなりません。私はくだらないことで言い争うな、とは言いません。しかし今度こそは、これからの長い長い年月のために、私たちが協力して働こうと計画したかのように、お互いをとり扱いましょう。なぜなら待ち受けている課題が、まさにそれを要求するからです。

 この素晴らしい運動を、それが世界で最も重要なことであるかのように取り扱いましょう。なぜなら、実際にそうだからです。本当にそうなのですから。



1. 人間マイクロフォン:人間マイクロフォン(the human microphone)がどういうものかは、10.5のマイケル・ムーアのスピーチを視るとよくわかる。

2. 1%の富裕層:アメリカの1%の富裕層が、どれほど富を独占しているかは、ThinkProgressのこの記事がわかりやすい。

3. 警察の恥ずべき不当な暴力:10.5の「ウォール街を占拠せよ」抗議行動では、警察が催涙ガスや警棒などの直接的な暴力をふるった。RTのこの動画この動画、アルジャジーラ英語版のこの記事などを参照。

4. サウンドバイト:ニュース番組で流される、スピーチやインタビューなどからのごく短い抜粋のこと。



訳者コメント:
 拙い部分が多々あると思われるが、とりあえず投稿。誤訳や誤字脱字などの指摘はこのエントリのコメント欄にてどうぞ。労力と能力の能う限り更新する予定(あくまで予定)。

 一つだけ感想を言えば、「今世界で最も重要なこと」とは、「ウォール街を占拠せよ」運動であるとともに、「私たちの社会を統治している根本的な価値観を変える」こと、逆さまの世界をひっくり返すことだと思われる。

10/10の更新:
 細々とした修正をたくさんと、訂正をいくつか。ちょっとした脚注を追加。小さな修正を行う場合は、更新を記載しない方針。

10/11の更新:
 YouTubeで視聴できたスピーチの動画を踏まえた上で、いくつかの修正と訂正。安定版。

10/13の更新:
 前回参考にしたスピーチの動画より明瞭な新しい動画を参考にしつつ、あらためて訳を見直した。なるべく小さな変更にとどめたかったが、以前に読み切れていなかったところもあり、予想以上の数の手直しになった。とはいえ、前回の更新で定まった形は引き継いでいる。さしあたっての「完成版」。

 明らかなミスなどが見つかった場合などを別として、今後私からは本文には手を加えないつもりでいる。誤訳や誤字脱字などの指摘は引き続き歓迎。後は脚注をもう少し充実させ、参考リンクなどを付け加えたいが、それがいつになるかは保証できない。


訳者謝辞:
 二つの点で、この訳はKatsuaki Sakai(@beyondaki)さんがいなければ、成立していなかった。一つは、私に翻訳をしようと思い立たせてくれたこと、もう一つは、ナオミ・クラインのスピーチの動画を教えてくれたこと。時には誰かのつぶやきが、誰かの行動に結びつくこともある。これからも善き相互作用が起きることを願いつつ、厚くお礼申し上げる。

2012/10/28の追記:
 新しいプロジェクトの一環として方針を変更し、本稿を訳し直した。「ナオミ・クライン - ウォール街を占拠せよ:今世界でもっとも重要なこと [新訳]」という別エントリを参照してほしい。




by BeneVerba | 2011-10-09 17:48 | 翻訳 | Trackback(2) | Comments(8)