タグ:反差別 ( 7 ) タグの人気記事

 差別的な理由で契約交渉を破棄した上に、さらにツイッターで精神病者差別、無職差別、営業妨害などで私を攻撃する大月書店岩下本部長(だったかな?)である。特に三つ目は、明白な営業妨害だと言える。

 他人を論敵であるとみなしたときにどれだけ公平に振る舞えるかで、その人物の程度がわかるのかもしれない。これらのツイートを見れば、岩下結が差別者であることを再確認せざるを得ないだろう。さすが、団体交渉を求めて本社を訪れると、陰に身を隠しながら参加者をビデオ撮影し、さらに中指を突き立てて「ファックユー」のサインを振りかざす出版社だけのことはあると思う。

 なお、日付からわかるように、今現在どれも民事として時効は迎えていない。


e0252050_19025151.jpg


by BeneVerba | 2016-06-13 13:02 | Trackback | Comments(0)
 以下が、福岡の在特会とその自称「カウンター」である。どちらも日の丸を掲げていて見分けがつかない。いったいどうしろというのか、というのが一人の在日朝鮮人としての気持ちである。言うまでもなく、日の丸は日本の朝鮮侵略のシンボルのような旗である。日の丸を掲げて「カウンター」を行うということは、在特会には反対するが、日本の侵略責任については不問にしたい、という態度を表明していると受け取られても仕方がない。「線引き」を行っていると言ってもいい。

e0252050_226031.jpg

https://www.youtube.com/watch?v=clrrMFD0NA4

 カウンター参加者の一人は、たぶん大月書店とのトラブルの元になった入江亮であろう。

 入江について何から語ったものやら。私がTwitterで反原発運動の日の丸批判をしていた時に、日の丸肯定派としてしつこくからんできたのが入江亮である。私は誠実に対応していたのだが、彼はこちらの主張を聞かず幾度も同じことを繰り返すのみであったので、私は「なめるな」と言い返した。他に場強い言葉を使ったわけでもなく、マイノリティとしての最低限の反撃である。

 すると大月書店の岩下結編集者が「汚い言葉」であるとしてそれを問題にし始めた。岩下編集者とは、ほとんどメールでやりとりしていたのだが、彼は私に突っかかってくるようになり、このようなことがあってはならない、というメールを送ってきた。私は不本意ながら受け入れるしかなかった。

 しかし、侵略者の末裔である日本人が日の丸を拒否している朝鮮人に、日の丸は問題ないとして、しつこく絡む方がよほど暴力ではないだろうか。日本人が日の丸をやめる方がよほど簡単でもあり、理にかなったことではないだろうか。また、在日朝鮮人に日の丸を受け入れることをすすめる「左翼出版社」とは、いったい何であろうか。岩下にはそんなことにすら、思いをはせることができなかったようである。

 そして、その後のある日、集会に向かうためにある時九電本店前を歩いて通りかかると、入江亮がその場で日の丸を掲げているのに出くわした。この時には直接言葉を交わした。私「それはなんですか」入江「日の丸です」「九電を応援しているようにしか見えません。やめてください」。すると入江は突然態度を変え、「なんやコラ、きさん!」などと、チンピラ口調になって私を罵倒し始めた。

 また昨今、ちまたを賑わしている自称「カウンター」勢のリンチ事件を受けて、入江亮はこんなことを言っている。

 写真見ましたが、エル金さん、ようあそこまで我慢しんしゃったですね。俺が同じ立場だったら、我慢できずに殺してますね。
https://twitter.com/fcknzsfuk/status/736953795779776513

e0252050_3384239.jpg


 日の丸を拒絶する在日朝鮮人にしつこく絡み、反原発運動にも「カウンター」にも日の丸を持って現れ、注意されると逆上する。これのどこが反原発運動だろうか。これのどこが反差別運動なのだろうか。大月書店は、この程度の低劣な人物を気づかって、私よりもこの男を選んだのだ。

 また、今や「なめるな」という言葉が、問題視されなくなった現状がある。だからこの言葉に問題がないというのではない。これはマジョリティから発せられる言葉であり、その点で大いに問題がある。しかし、岩下が「なめるな」という言葉を批判しているという話は聞かない。

 そして、マイノリティが追い詰められて発する「なめるな」という言葉と、「マジョリティ」が発する「なめるな」では、自ずと意味が違うはずだ。大月書店とその編集者の岩下結の言動は、ご都合主義であり、不当ではないだろうか。

 二〇一三年以来のカウンターは、おおよそこういうものだった。「在特会と対峙するのに、細かいことを考える必要はない。在日朝鮮人の歴史や社会的な構造的差別を考える必要はない。ただ、在特会と対峙して罵倒すれば良い」。それに対しては様々な批判が寄せられたが、「新しいカウンター」のデマゴーグである野間易通や木野トシキは、「ヘサヨ」というレッテルを貼るのみであった。

 「在日朝鮮人の歴史や社会的な構造的差別を考える必要はない」とは、つまり「未来志向」「和解」「転向」の時代に沿うように、日本人の持つ歴史的な加害責任をオミットするものではないだろうか?在日朝鮮人は日本の帝国主義によって生まれた存在である。そこに自ずから日本の責任というものがあるはずだ。

 果たしてそれで良いのだろうか?この間の「カウンター」は、そうしたものをオミットしたところに成り立つ「反差別運動」という新たな「発明品」を、産み出したのではないだろうか?この問題はよくよく考えてみなければならない深刻な問題であろう。


  • 文面を変えているところもありますが、基本的にTwitterからの転載です。誤記を訂正したり、いくつか文章を足したり、引いたりもしています。


by BeneVerba | 2016-06-13 02:15 | 意見 | Trackback | Comments(1)
 いわゆる「カウンター」や東京大行進のコンセプトを聞いて、誰もが思ったことは「差別者が反差別運動だって?」ということだ。中心メンバーでもある野間易通やのいえほいえは、それまでにも、在日朝鮮人や精神疾患者への差別発言で知られていたからだ。差別者による差別のロンダリング……という論評が聞こえてきたのも当然だろう。

 そして、その「差別者による差別のロンダリング」は大成功している。

 これは個人的には、しばき隊/カウンターを批判してきたことで、野間他から、言葉のリンチ・差別を受けてきた私にとっては深刻きわまる事態である。自分に対して、さんざん差別発言をしてきた相手が、「反差別の旗手」としてメディアに取り上げられ、自分への差別は黙殺されてしまう。抑圧の「反差別」である。

 まして、私は大月書店とも民族差別問題を抱えており、ちょうどいじめっ子が「こいつはいじめていいヤツ」とマークしたように、好きなように差別される状態になっている。以前にツイッターに書いたことだが、差別とは社会的な激痛のことである。差別を受けたことによる傷口はふさがっていないし、いまだに血を流し続けているのだ。


 男組は解散したそうだが、こと「反差別」をテーマに掲げた東京大行進や自称「カウンター」は、文字通りの意味で「反差別」「カウンター」ではないと言える。どういうことかと言うと、それは、国民国家という枠組みと天皇崇拝を容認した上で、囲いの中の羊のように、その枠組み内で「反差別」を目指すということである。

 それがどれほど危険なことかわからないだろうか。かつて、朝鮮民族も「臣民」として制限付きながら権利を認められていた。それと同じようなものである。まして、日本という国家に直接支配された在日朝鮮民族が、正面からの敵である日本の帝国主義と戦わず、その派生物である在特会を主敵に据えるのは錯誤と言うほかない。

 差別の解消とは、無権利に状態にちょっぴりだけ権利が与えられることではない。在特会も、「普通の日本人」が垣間見せる排外主義も、大元にあるものは一緒である。そこを攻撃しなければどうにもならない。そして、(何も「在特会にリソースを集中させる」戦略を採らずとも)それは可能である。

 その第一歩は、在特会に限らず、日本社会そのものが骨の髄まで排外主義であることを認識し、それを敢然と拒絶することである。

[追記]
 目の前に天皇主義の右翼がいるとしよう。かれは「ヘイトスピーチに反対する」と主張するかもしれない。だが、差別に反対するのならば、右翼であることを放棄せず、いけしゃあしゃあと「ヘイトスピーチに反対する」と言ってのけるこの右翼こそが敵なのだ。

 同様、原発に反対すると称する右翼がいるとしよう。原発推進派のみならず、右翼であることを放棄せずいけしゃあしゃあと反原発ぶってみせるこの右翼こそが敵なのだ。

[追記」
 簡潔に言うのならこうだ。どうして天皇の名の下朝鮮民族が支配されたのに、現代の天皇主義者とその同調者が、恥知らずにも「反差別」などと言えるのだ?

by BeneVerba | 2016-01-23 00:21 | 意見 | Trackback | Comments(0)
e0252050_9364297.png

 私の現在の活動の原点として、反原発デモと銘打ったデモにおいて、日の丸と一緒に歩かされたことがある。それは人生でも最低最悪の経験だった。それは、日本の植民地支配と帝国主義のシンボルであるというだけでなく、私のような人々を殺し、犯し、支配してきた旗だった。思想的にも民族的にも、日の丸を拒否しているにもかかわらず、それを掲げた示威行動に参加し、荷担してしまった。もし、そのデモを在日朝鮮人や在日中国人が見ていたらどう思うだろうか。意図したものではなかったとはいえ、私はそれに荷担してしまったのだ。

 私は、数ヵ月間、怖くて反原発デモに行けなくなった。次に出かけた時には、なんとしてでも日の丸は揚げさせないという決意で、デモに出かけていった。そもそも、反原発デモに日の丸が持ち込まれるようになったのは、「あの」カウンターともメンバーが重なる反原連の活動がきっかけの一つである。

 反原連のコアメンバーである野間易通は、針谷大輔の登壇を批判する文書を公開した「ヘイトスピーチに反対する会」を敵視し、また、反原連や「あの」カウンターに批判的な人々にツイッターで攻撃的なメンションを飛ばしていた。私もいくどとなく差別発言を喰らった。次はそのほんのわずかな例である。

野間易通 (@kdxn)
日本国籍の匿名のクォーターが、民族名で矢面に立ってる「バリバリの在日」に向かってすごいこと言うな……。RT @BeneVerba: あなたの反原連、しばき隊、一水会への態度が甘過ぎるせいで、このような差別を受けながら脱原発運動に携わっている「朝鮮人」である私は迷惑です。
2013年6月2日
野間易通 (@kdxn)
また関係のない文脈で「日の丸」……。完全にキチガイでしょ→RT @BeneVerba: レイシストと日の丸を容認する朝鮮人を擁護し、それらに反対する朝鮮人には差別発言も辞さないという、実に見下げ果てた人々ですね。@kdxn @nyara4649 @harada_hirofumi
2013年9月14日
野間易通 (@kdxn)
おまえにはそんなものはない。RT @BeneVerba: 野間、こっちは具体的な現実があって、
2012年12月27日


 そんな私にとって理解できないのは、「あの」カウンターを支持する朝鮮人である。社会運動に参画する朝鮮人にとって、日の丸が持ち込まれるかどうか、「国民」という言葉が使われるかどうか、より一般的な言い方では、社会運動の国民運動化は、真剣な問題である。

 私が、「あの」カウンターを支持する朝鮮人に批判的なのは、第一に、それが社会運動の場で弱い立場に立たされている私のようなマイノリティを更に苦しめることになるからである。それは、一部のマイノリティを見棄てるようなものだ。

 第二に、第一の理由とも関連する問題だが、かれらが決して、カウンターを批判するマイノリティやマジョリティに対して投げ付けられる、野間易通なり誰なりの差別暴言に反対しないことである。これでは反差別を目的としているとはとても言えない。

 さて、上述した第一の理由のような趣旨でツイートしたところ、仲良くしようぜパレードの主催者である凡さんから、次のような攻撃的な言葉を投げ付けられた。

ぼん (@Bong_lee)
お前日本人だろ。RT @BeneVerba: 社会運動に参画する在日朝鮮人にとって、デモの中に日の丸があるかどうかは深刻な問題だ。ところが、金明秀(@han_org)、凡(@bong_lee)らは、ただでさえ苦しい立場のその人々を、より追い詰めるような真似をした。…
2014年5月29日


 私自身は、自己紹介する時に「朝鮮半島にルーツがある」とか、「祖父が朝鮮半島の人」とか、「日本国籍の朝鮮民族」といったりする。そして、私は、朝鮮籍や韓国籍の朝鮮人に比べて、自分が日本国籍を持っていることは、特権だと認識している。しかし、これはやはりエスニシティを貶めるものであり、差別と言っていいのではないだろうか。その意味で上に引用した野間の言葉とも共通する。

 普段は使わないような表現だが、ここは一つ、「凡さん、私はあなたよりも一〇〇万倍は朝鮮人だ」と言っておこう。

by BeneVerba | 2014-05-31 09:37 | 意見 | Trackback | Comments(2)
e0252050_10105272.jpg

 東京新聞というと、比較的リベラル寄りの新聞と見なされているが、野間易通を称揚し、しばき隊系の自称「カウンター」を肯定しているところを見ると、それも疑わしい。

  「あの」カウンターは、反差別どころか、反差別の意味を書き換える最悪の事態である。野間易通や男組のような生粋のレイシストが関与する「カウンター」なんて起きてはならないものだった。

 昨年と今年の初めに、東京新聞の佐藤圭記者に、ツイッター上で異議申立を行ったのだが、完全に無視された。東京新聞は、マイノリティからの真剣な訴えには、耳を貸さない新聞であるということだ。

佐藤圭 ‏(@tokyo_satokei)
参院選前なので一言。ヘイトスピーチがこれだけ社会問題化したのは、有田芳生参院議員の存在が大きい。たぶん、各メディアとも、有田さんが国会で問題視したことによって非常に取り上げやすくなった。たかが一議員、されど一議員です。選挙では、候補者一人一人の力量を見極めることが大事です。
2013年7月2日

芦原省一 (‏@BeneVerba)
.@tokyo_satokei 私は朝鮮人ですが、有田芳生が許せません。一水会が朝鮮人への差別ブログ事件を起こしたことは、ごぞんじでしょう。院内集会でかれらを同席させ、差別ブログ事件の罪を問われるどころか、まるで反差別であるかのような状態を生み出したのが有田芳生だからです。
2013年7月4日

芦原省一 (‏@BeneVerba)
.@tokyo_satokei 抗議の声を無視しないでください。https://twitter.com/BeneVerba/status/352650104064311296
2013年7月4日

佐藤 圭 ‏@tokyo_satokei
「ヘイト豚」に「情弱デマ野郎」。野間易通さんの「罵倒語(けなし言葉)」のセンスはピカイチですね。良くも悪くも、日本語は韓国・朝鮮語などと比べると、罵倒語が貧弱な印象です。ある大学教授との雑談で「ヘイトデモのカウンターには罵倒語の新たな可能性を感じる」と話題になったことがあります。
2014年1月10日

芦原省一 (‏@BeneVerba)
@tokyo_satokei 私は、反原発運動の日本人中心主義や「カウンター」の差別性を批判しているために、野間から差別暴言を日常的に受けているのですが、あなたなら無視するでしょうね。
2014年1月10日

芦原省一 ‏(@BeneVerba)
@tokyo_satokei 反原発運動に日の丸が持ち込まれたことで、私がどれほどの苦しみを味わったかも、また、東京大行進において、ヘイトスピーチに反対する会の人々が暴力的に排除されたことも無視するでしょう。
2014年1月10日


by BeneVerba | 2014-05-29 10:08 | 意見 | Trackback | Comments(0)
*どんどん追加していきます。それにしても、大月書店や共産党はこんな人物を支持してるんですからね。
e0252050_2213548.jpg


  • それは「名誉白人」である上に「名誉朝鮮人」でもある米津さんが自問自答するしかないと思うのですが、答え出ました? - 2011年8月12日
  • キチガイうるさいよ。絡まれてるのは私。 - 2011年12月24日
  • 天皇フェチ、日の丸フェチ、慰安婦フェチ、南京フェチ等々は、左右ともに他人の邪魔するだけだね。 - 2012年6月3日
  • はい、福島以降の反原発運動自体が帯びている政治性と共鳴するものですね。これは一種のレコンキスタです。 - 2012年7月13日
  • 名誉朝鮮人気取りの馬鹿。全体主義国家の暴力に加担するゴロツキ。人権概念を持たない無教養野郎。こんな感じですかね。 - 2012年8月11日
  • もうキチガイは全員「反・反原連」になってくれていいよ。マジで。反原連にもデモに来る人にも、もちろん反原発運動そのものにもなんの益ももたらさないから。 - 2012年8月14日
  • 猪瀬直樹でええやん。 - 2012年11月2日
  • 猪瀬あかんな。 - 2013年3月30日
  • 「ポリティカリー・コレクト・キチガイ」とい言葉を思いついた。 - 2012年11月5日
  • 針谷大輔はリベラル個人主義者。君は人権ゴロの全体主義者。前者を支持します。 - 2012年11月16日
  • 私はこの間針谷大輔のことを「リベラル個人主義者」と評して、おそらく右翼にとっては悪口になってしまうのかもしれないんだけど、やっぱりそうとしか思えない。加えて言えば、彼の思想はそのまま「中庸」の体現でもある。 - 2012年12月4日
  • おまえにはそんなものはない。 - 2012年12月27日
  • 針谷さんは2010年の初頭に「チョン校の子たちを守らなければ」といって反差別運動に参画されましたが、「チョン校」という表現をほかの人に咎められ、反省の弁を述べたあとに改めています。 - 2013年2月1日
  • 針谷さんは差別者ではありません。あなたにくらべてよほどリベラルです(針谷さん本人にとってはよろしくない評価でしょうが)。 - 2013年2月4日
  • 「決めつけ」は「自明なんだよ」のほうだよ。当時の社会状況をよく見てみろ。そんなに自明なら、堂々とCMに使われるわけないでしょ。日本人をなめとんのか。ほとんどの人は「あとから知る」んですよ。その「解釈」を。 - 2013年3月5日
  • 「知恵遅れ」はともかく、「キチガイ」が精神障害者差別ってどんな発想だよ。 - 2013年5月6日
  • 日本国籍の匿名のクォーターが、民族名で矢面に立ってる「バリバリの在日」に向かってすごいこと言うな……。 - 2013年6月2日
  • こういうふうに、他人を誹謗中傷することに必死になるキチガイがサヨク面するから、左から人が離れていくんだと思う - 2013年7月7日
  • 私も左翼自称ですがなにか? - 2013年4月7日
  • つか、こいつ→@lalaflower010 のTL、竹野内真理とかモヒートこと矢谷博紀とかサカイミエコとかお馴染みのアレなやつでうめつくされていて、キチガイはどんなジャンルでも同じようなのが群れるということがよくわかる。 - 2013年7月7日
  • 「差別」ってなんにでも使える万能の武器と思ってない? 思ってるやろなあ…。知性と責任感の欠落は、人間をここまで腐らせる。世界は絶対におまえの思い通りにはならない。ざまあみろ。 - 2013年7月29日
  • 一参加者として反原発デモへの針谷大輔さんの登壇に賛成したというだけで、2年以上にわたって私を「右翼とつるむ差別主義者」扱いしてきた人が、右翼が主催者にいるデモに参加ねえ……。それ自体は別に問題ないけど、こんだけいいわけがくっついてるとダメだろねw - 2013年9月21日
  • 頭おかしい - 2013年8月5日
  • キチガイの陰謀論は果てしないな。 - 2013年8月5日
  • 「在日朝鮮人二世」みたいな大仰なハンドルつけてこんなアホなことばっかり書いてるとミンジョクの恥になるんちゃいます? - 2013年8月6日
  • キチガイ2013年8月6日
  • これエセ同和行為ね。のぶかつが名誉毀損で訴えれば勝てるレベル - 2013年8月21日
  • では似非エセ同和行為またはエアえせ同和行為に訂正します。 - 2013年8月21日
  • また関係のない文脈で「日の丸」……。完全にキチガイでしょ - 2013年9月14日
  • カルメン・マキが正しくゴミみたいな反応で通常運転。 - 2013年9月23日
  • だから私が公安だって。逮捕スルゾ! - 2013年10月11日
  • キチガイと話すのがいやなだけです。 - 2014年4月18日
  • 頭のおかしい人、常軌を逸した人、異常な人、きわめて変な人という意味です。 - 2014年4月18日
  • この糞チョソン人、すごいこと言うな…。 - 2014年5月9日


by BeneVerba | 2014-05-24 21:28 | 意見 | Trackback | Comments(0)
OWSスナップショット
OWS Snapshot
2011年10月19日 - ウォール街を占拠せよ
原文:http://occupywallst.org/article/ows-snapshot/


 「ウォール街を占拠せよ」運動は、活気で溢れかえっている。リバティ広場の隅々で、人々は企業の貪欲さに対して団結し、恐れることを拒否し、沈黙することを拒否している。地元のコミュニティ・センターや近隣のアトリウム、周辺の公園やカフェといった場所は、行動の計画を練り、地域の団体と調整し、報道関係者と話をし、お互いに助け合い、この運動への連帯を高めようとしているワーキング・グループたちで律動している。我々は、ウォール街の富、貪欲、窃盗のすぐそばで、大きく変化しながら成長し続けているのだ。

e0252050_1816665.jpg


「ウォール街を占拠せよ」のハイライト:

10月17日、1ヶ月記念の夜に:
 リバティ広場は美しく、都市のランプの光の下で輝いていた。占拠者たちは、清浄な通路を静かに流れ行き、都市計画委員会によって設計された新しい空間で、言葉を交わし合った。我々は、ロウソクに灯りを灯して、「我々は移動されない(We Shall Not Be Moved)」を歌った。我々は、1ヶ月記念ケーキを分かち合った。

 1ヶ月だ!1つの医療テントが設置されて、数十名の警察官がそれを取り壊そうとして列をなした時には、彼らは何百もの占拠者たちと対面しなければならなかった。ジェシー・ジャクソン牧師も参加して、我々は腕をつないでスクラムを組み、占拠者たちはニューヨーク市警と対決し、医療テントは今も同じ場所にある。これは2ヶ月目を迎える驚くべきやり方ではないか!


善き隣人たちであること:
 地域連携委員会は、猛烈なる活動を続けている。総会(General Assembly)が、5日前に「善き隣人政策(Good Neighbor Policy)」を承認したからだ。合意を完全に実施し、ビラを通して政策を広め、広場中の目立つ場所にポスターを飾り、口コミで伝えるために、ノンストップで働いている。

 ドラムの演奏は、1週間前における弾幕のような1日10時間もの演奏から、思い切って短縮された。我々は、ドラムの演奏を最優先事項と見なしつつも、1日2時間のポリシーを実行するため、瞑想を活用しながら、良識と互いの尊重とともに、ドラマーたちと活動を続けている。


ノー・ヘイト:
 それぞれ異なる出身の多くの人々が、1%の貪欲、企業の貪欲への偽の解決法、組合潰し、公共サービスの削減と民営化といったものから、悪影響を受けてきた。99%の人々は多様であり幅広い。だが、我々には連帯という原則があり、より良い世界――包摂と、尊厳と、愛と尊重の世界――を作るために、共に働いているのだ。「ウォール街を占拠せよ」に、レイシズム、セクシズム、トランスフォビア、移民への憎悪、ゼノフォビア、憎悪一般を受け入れる余地はない。


要求:
 「ウォール街を占拠せよ」のために、まさに要求を出すところだと主張するとあるグループが、話題に飢えたメディアの注目を集めた。我々の存在こそが要求である(We are our demands)。「ウォール街を占拠せよ」は対話であり、組織であり、1%の富裕層による専制政治を終わらせることに狙いを定めた行動なのだ。

 土曜日に我々は連帯して、腐敗した銀行システムに反対し、戦争に反対し、差し押さえに反対するデモを行った。我々は、「大き過ぎて潰せない」金融会社をどうやって解散させるかについて議論し、過剰なまでのウォール街の重役連中のボーナスをどうやって止めさせるかについて議論し、これらの危険な組織の占有から我々のお金を取り除こうとしている時に逮捕された

 我々は、彼らが悲しく寂しい思いをしないですむように1%の人々の重役会議室を占拠し、合法的に99%の人々の家を盗み取るためにぶっ壊れたシステムを使う差し押さえ法廷を占拠したのだ。我々は、軍の徴兵募集センターの正面で、アメリカの戦争を終わらせることを要求するデモを行い、そして数万もの我々は、大量消費社会のネオン製の心臓たるタイムズ・スクエアまで、経済的な正義を求めて行進したのだ。


 「ウォール街を占拠せよ」は、2011年の9月17日にマンハッタンの金融街にあるリバティ広場で始まった、民衆によって力を受けた運動であり、今や合衆国の100を越える都市に広がり、世界の1,500を越える都市にまで広がっている。「ウォール街を占拠せよ」は、腐敗した大銀行と、民主主義に対して力を振りかざす無責任な多国籍企業と、1世紀近くで最も大きな景気後退を引き起こした経済崩壊において、生みの親を務めたウォール街の役割に対して、反撃する。この運動は、エジプトと世界の民衆蜂起に鼓舞され、1%の最富裕層がどのように我々の未来を盗み取る危険な新自由主義のアジェンダのルールを制定しているかを、暴くためのものである。


やすし玉キングさん撮影の写真:
 原文は以上だが、ニューヨーク在住、「ウォール街を占拠せよ」にも何度も参加しているやすし玉キングさんが、この記事が掲載されたまさに当日に撮影した「善き隣人政策」の写真を、感謝しつつ、紹介する(クリックにて拡大)。
e0252050_1440954.jpg

上:「『ウォール街を占拠せよ』は、リバティ広場のあらゆる場所でのドラッグやアルコールを全面的に禁止する(zero tolerance)」「全ての人に対する暴力及び言葉の暴力を全面的に禁止する」などの条文が見える。前文として「9.11のトラウマから回復しつつある地元コミュニティとの対話に従い」とある。

下:左から二番目に「善き隣人政策」のポスター。その左の「Community Affairs」というポスターは、やすし玉キングさんによれば、連絡を取りたい人のための連絡先の掲示とのこと。運動を開かれたものにするためのこうした運営にも注目したい。彼らはひょっとして無職かもしれないが、間違いなく働いているのだ。
e0252050_1440205.jpg

訳者コメント:
 「ウォール街を占拠せよ」運動が1ヶ月記念を迎えた翌々日に、自らのアイデンティティを確認するかのように発表された文章。お読みになった通り、この彼ら自身によるスナップショットでは、「ウォール街を占拠せよ」運動のあり方がはっきり示されている。

 「占拠」を続けるために善き隣人であること、あらゆる差別へのきっぱりとした反対を表明すること、これまで何度も繰り返された運動への非難に明確に答えていることなどだ。中でも、「『ウォール街を占拠せよ』に憎悪一般を受け入れる余地はない」という言葉と、「我々の存在こそが要求である」という言葉は、端的にこの運動のあり方を示すものだろう。

 アメリカの、そして日本のメディアでも「占拠せよ」運動に対して、「要求が具体的でない」あるいは「要求がバラバラだ」という批判が繰り返されてきた。しかし、彼らは自らの存在と行動で要求を既に示している。それが「占拠せよ」運動の意義ではないだろうか。

 「まともで包摂的な社会を」 とナオミ・クラインは演説した。日本の「占拠せよ」 運動が今後どうなるかは不明である。「我々は99%だ」 という世界的に共有されたスローガンの下、日本でも再び人々が集い、「占拠」が行われる時、そこがどんなマイノリティも排除しない開かれた社会の雛形となることを強く願う。

 なお、読みやすさを考慮して、特に日本語におけるウェブ上の文章は、細かく段落分けするべきだとの訳者の判断により、原文の段落を適当に段落付けしたことをお断りしておく。

 最後に、自らが撮影した写真の転載を快く許諾してくださったやすし玉キング(@yasushitamaki)さんに、あらためて心よりのお礼の言葉を申し上げる。

by BeneVerba | 2011-10-20 09:14 | 翻訳 | Trackback(1) | Comments(0)