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by BeneVerba | 2016-06-14 06:21 | 画像 | Trackback | Comments(0)
 私は朝鮮(言うまでもなく当時朝鮮は南北に分裂していなかった)のルーツをひく日本国籍者である。父の代に一家は韓国国籍を取得(帰化という言葉は使いたくない)し、祖父の世代が在日一世、父親の世代は在日二世、私の世代では日本国籍を持つ在日三世ということになった。私の中には朝鮮人としての意識と日本人としての意識の両方があり、どちらかを捨てられるものではない。どちらも私のアイデンティティの一部である。

 余談ながらこういうアイデンティティの公開こそ、実は私が避けたいと思っていたことの一つだ。朝鮮にルーツを持つことを恥じるゆえではない。その事実は物心付いて以来自分の中にあった。私は、私については誰も知らないが、私の仕事については人に知られているというそんな存在になりたかったのだ。

 私の一族には、在日ゼロ世とも言うべき祖父の母がいた。私のひい祖母である。祖父とひい祖母は間違いなく朝鮮語で会話できたはずだが、そのような場面を見たことがない。その理由はわからない。年齢差がらして私が幼い時分に、ひい祖母は相当な年だったはずで、私は彼女に不気味なものを感じるとともに親しみも感じていた。祖父もひい祖母も私には優しくしてくれた。今でも悔やまれるのは、祖父から一族の歴史を聞けなかったことだ。精神的な「病」で動けず、仕方なかったこととは言え、悔やんでも悔やみきれない。

 在日朝鮮人は日本の帝国主義政策によって、日本に居住を強いられた存在である。それを強いた日本の帝国主義のシンボルである日の丸・旭日旗は、在日朝鮮人にとって受け入れがたい。たとえ日の丸を受け入れるという在日朝鮮人がいても、日本が与えた加害の歴史は動かせない。そしてそのシンボルは表面的な反省とともに戦後にも引き継がれた。「日の丸を受け入れる朝鮮人と受け入れない朝鮮人がいる」などとは言えないのは、日本に絶対的な加害性があるがらだ。それが日本の帝国主義の被害者にとっての日の丸の歴史性である。

 だが加害者側である日本人にとっては、戦前と戦後のー慣性よりも断絶が強調されることが多いようだ。そこに奇妙なロンダリング作用があるのかも知れない。天皇制と同じく敗戦で日の丸の責任はチャラにされたとする考えだ。だからこそ呑気に日の丸を振れるのだろう。そういう気分は自分の中にもあると感じる。「今の天皇はリベラルだし、日の丸はただの記号」というわけだ。だが、私のもう一つのエスニシティが否と応える。日本人はそうした操作を半ば無意識的に、半ば意図的にやっていると思う。言い換えればそれは自己欺瞞なのだ。被害者は忘れようにも忘れられず、加害者は忘れることができるという特権的な位置を利用したものなのだ。加害者側は都合の悪い歴史を忘れて、しかも罪の意識なく歴史を捏造し、「リベラル」の振りをすることができるのである。

 この日の丸(あるいは天皇性)無責任論とでもいう考えは、一部の在日朝鮮人にも共有されていると思う。だが、それは戦前と戦後の歴史性を見ず、帝国主義の払拭されていない現在の日本と共存するものでしかないと思う。「天皇制や日の丸をみとめても良いではないか」という考え方だ。しかし、日の丸とはアジアやその他で、戦争によって人の尊厳が貶められ、殺されていた時にはためいていた旗なのだ。その実実をを消し去ってはいけない。それどころか、世代を超えて伝えて行く義務がある。

 また新しい日の丸の使い方をすることで新しい意味を付与すればいいなどという馬鹿げた意見が見られたことがある。確かにあるものの意味は使われ方によって決まる。しかし、これも被害者の見る歴史性からすれば、既に殺戮の旗として使われたことがあることを忘却する愚論である。日の丸には帝国主義と侵略の旗という以上の意味は見出せない。

 大月書店は、私に日の丸批判や日の丸を受け入れている反原発運動批判を控えるように言った。私が個人的に日の丸を嫌っているのではなく、歴史的な経緯があった日の丸が忌避されているのであるにもかかわらず。大月書店は、その点を十分理解しなかったように見える。「たかだが日の丸ごときで」と思ったのかもしれない。私が日の丸を拒否するときには、帝国主義に抗う在日朝鮮人としてのアイデンティティと、思想信条に基づくアイデンティティの下に拒否するのである。

 アイデンティティはその個人にとって不可分のものであるから、中断もしくは中止するわけにはいかない。あくまで日の丸を拒否し続け、ひいては帝国主義を拒否し続けることが私のアイデンティティだ。大月書店が、真に日本の侵略戦争を反省し、在日朝鮮人のことを考えていたらあのような要求はしなかったはずだ。それにしても日の丸批判を控えるように言う「左翼出版社」とは何だろうか?(そして大月書店にとって首都圏反原発連合とはなんだろうか?)

 日の丸問題は、社会運動の右傾化、ナショナリズム化とも関わる問題である。私にとっては日の丸、君が代、天皇性といったものは、被害者としての歴史を想起させるものである。帝国主義、植民地主義はなくしていくのが本当の道だと思う。日の丸、君が代、天皇制はなくしていくのが進歩の歩みだ。それにまた、戦後日本の権力者たちは、戦争の被害者としての立場を強調して、加害者としての責任をかくし通してきた。私たちは加害者としての責任を引き受けようではないか。

 日の丸の悪を脱色化させないこともその一つだ。これから何十年かかろうと大月書店と争っていく覚悟である。

by BeneVerba | 2016-03-07 05:58 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 私が大月書店から、『ウォール街を占拠せよーーはじまりの物語』の翻訳を打診されたちょうどその頃、私は、あまりにも長い抑鬱状態から回復しようとしていたところだった。私の病状をなんと説明したものだろう?おそらく、それを語るにはまた別の文章を書くべきなのだろう。

 私の場合病状が悪化すると、まるであらゆるエネルギーを使い果たしたように、いわば「電池切れ」の状態になる。「exhausted」になる。簡単に述べるなら、そうだ。それは文字通りの生き地獄である。それが何年も続く。

 私が病に冒されるようになったのは、ちょうど思春期に入ろうとしていた頃だった。小学生の高学年の時に、何か「妙な感覚」がしたのを覚えている。ただし、それがその後の本格的な症状と関係あるかどうかまではわからない。それゆえに、私には思春期がない。病に覆い尽くされてしまっているからだ。

 高校生活は悲惨そのものだった。後半は、ほとんど学校にも行かなかったが、当時の担任の先生の助力もあって、なんとか卒業できたようなものだった。

 高校の卒業式に出席し、通学鞄を部屋の片隅に投げ捨てたあと、私は「電池が切れた」。そのまま最低限の社会生活を送ることもできなくなったのだ。

 部屋の片隅の通学鞄は、一〇数年以上同じ場所にあった。


 事態が突然好転したのは、二〇一〇年の冬から春にかけてである。それにもちょっとしたエピソードがあるのだが、別の機会に譲ることにしよう。

 ある程度動けるようになった私は、自分がどのくらい回復したのか試すつもりで、とりあえず語学の勉強をはじめ、資格試験をうけてみることにした。それなりに悪くない結果を得て、自信を深めた私は、さらなる社会復帰の道のりを目指そうとした。


 明くる二〇一一年になって、ご存じのように東日本大震災と福岡第一原発の事故が起きる。私は、原子力発電に反対するために、福岡で最初に開かれた最初の一回か、二回のデモに参加した(これは福岡サウンドデモ裁判として争われたデモでもあった)。後から知り合う人たちも、九州電力本社前で抗議などしていたという。

 当時の福岡のデモの雰囲気は、危機の中にも希望がある、そういう感じだった。おそらく、みな事故の危機感を共有していたと思うが、同時に混沌とした活力のあるデモでもあった。東京の悪いところを真似して、日の丸を持ってくるような馬鹿はまだいなかった。ただし、その混沌とした可能性の中に危険性も潜んでいたかもしれない。


 私は都合が付く限り、反原発運動に参加しながら、資格などの勉強を続けていた。そして、同じ二〇一一年の九月には、「ウォール街を占拠せよ」として知られることになる抗議運動が、ニューヨークで起きる。

 「はじまりの物語」訳者後書きでも書いたとおり、それに何よりこのブログを遡ればわかるとおり、私がこの運動の文書を翻訳するようになったのは、全くの偶然からである。

 ナオミ・クラインの印象的なスピーチが、インターネットを通じて流れてきたのだが、誰も翻訳している人がいなかった。そこで、私はその週の日曜日を使ってそれを翻訳したのだった。もし、彼女のスピーチの上手な翻訳を、それまでに誰かが発表していれば、私が翻訳しようなどとは思わなかっただろう。


 翌年二〇一二年になって、大月書店から本を一冊訳してみないかと打診があった。無名の私が本を訳せると言っても、すぐにその話に飛びついたりはしなかった。私の社会復帰とどちらを優先すべきか迷った。場合によっては、大月書店からの打診を断り、何かもっと別のことに時間を割いた方が良かったかもしれなかった。

 結局、サイトを運営する宣伝にもなるかとも思い、引き受けることにした。重い決断だった。ひきうけた以上は、二冊目のオファーがあるかどうかもわからないのだから、精一杯この一冊に力を込めようと思った。

 打診に対して、私は、自分の身の上について率直に明らかにしたメールを送った。病や経歴も含めてだ。これは私の性分なのだろうが、私は人から知られていないことを好む。大月書店とは、できるだけ匿名性の高い形で接触しようとしていた(結局それは不可能だとわかったが)。

 私にとって好ましいのは、「私のことが知られている」ことではなく、「(私のことは知らないが)私のした仕事は知られている」状態である。だが、大月書店との係争によって、私は自分のアイデンティティを公表せざるを得なくなってしまったのは、非常に残念なことである。

 翻訳作業の中のやりとりで、大月書店の編集者岩下結は、私のルーツに対してある程度の理解を示していた。同書に「POCcupy (People of Color Occupy Wall Street Too!)」という占拠運動内のマイノリティ・グループを中心とした章があるのだが、岩下は次のようなメールを私によこしている。

「POCuupy」の訳稿、拝読しました。ベーネさんの問題意識、そしてこれまで意見交換してきたことからしても、重要な論点の含まれた章ですね。この章の構成や文体のぎこちなさ自体が、OWS内部の葛藤を反映しているようにも感じられます。OWSを単に美化するのでなく、こういった葛藤や模索の中にこそ日本の運動が学ぶべきものが多くあるように思います。

 私にとって、岩下が反原発運動内の右翼的傾向を控えるように、脅しをかけてきたのは、青天の霹靂だった。上の引用が示唆するように、岩下は、私のルーツも思想信条のことも知った上で、そのようなことを言ってきたのである。

 言うことを聞かないと、交渉中の翻訳契約は反故にする、というのは脅しでなくて何であろう。

 二〇一〇年の回復期から、一転、大月書店との間に係争を抱えることによって、私の体調は悪化の一途をたどっていた。特に、昨年の秋から年末・年始にかけては、ほとんど言っていいほど動けない状態が続いた。「電池切れ」「exhausted」になったのだ。だが、それも徐々にではあるが回復しつつあるようだ。

 あくまで個人的な経験から言うと、差別を受けたときには、立ち止まって戦うか、やり過ごすかだ。どうやら戦って前進することはできないらしい。戦うには、それまでやっていたことを中断するしかない。立ち止まるしかない。

 大月書店とのやりとりは、私の回復に大きな損傷を与えたし、今も与え続けている。差別の被害をそれ以上を受けたくないときなどに、個人の選択としてやり過ごすことも決して否定はしない。だが、私は傷付きながらも戦うことを選んだ。

by BeneVerba | 2016-01-24 07:39 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 東日本大震災が起きたときに、私はすぐさま地元福岡の反原発運動に参加した。やがて知ることになるのは、主に東京の方で「反原発運動に右翼を迎え入れるかどうか」「反原発運動での日の丸を許容するかどうか」という問題があることだった。

 その時、すぐさまそれはあまりにばかげた問題だと思った。原発政策は国家により進められており、右翼は各地の原発建設において下働きの仕事をしてきたことは知られることだ。つまり、反原発運動に両者の要素が入り込む余地はない。だが、この時また、私は、これはおそらく東京という特異な場所のみの現象だろうと考えていた。

 だが、やがて、福岡の地で日の丸を掲げようとする馬鹿者が現れることになる。私は、大月書店と日の丸の一件で揉めたり、その後労組に加盟して活動するよりも以前から、この傾向に抗ってきた。持ってくる人に個人で注意に行ったりしていたのも、それらの前だ。

 さて、一方で「日の丸にも右翼にもノー」という同様の主張をインターネット上でも繰り返してきた。その結果受けたのは、それらを快く思わない人々からの差別暴言だった。


 これまでにも告発してきたが今回は少し、それを改めて一覧したい。

 「(反原発運動における日の丸の問題は)君が朝鮮人かどうかはこの場合全く関連しない。君の「運動原則論」じたいが迷妄している、というだけ」(山本夜羽根)。

 日の丸と一緒に反原発デモを歩けないのは、日本帝国に(あるいは日本に)踏みにじられたルーツを持つものとして当然のことであろう。山本はこのように言うことによって、「自分は差別主義者ではなく、しゃかいうんどうろんの問題として、日の丸問題を話し合っている」と主張したいのだ。

 「お前日本人だろ」(凡)

 ここで凡が言っているのは私が日本国者であるという意味ではない。お前には在日朝鮮人について、語る資格がないと言っているのだ。だが、当然のことながら日本国籍の在日朝鮮人も存在しており、それ特有の悩みがある。それを否定するのは差別である。何よりも理解していないのは、私のような存在が朝鮮人でもあり日本人でもあるということだろう。

 「日本国籍の匿名のクォーターが、民族名で矢面に立ってる「バリバリの在日」に向かってすごいこと言うな……」(野間易通)

 上と同様の「日本国籍の在日朝鮮人」「クオーター(私はあまりこの言葉を使わないが)」である。ここで野間がやっていることのひどさを見よう「日本国籍の匿名のクオーター」と「民族名で矢面に立っている『バリバリの在日』」を、マジョリティである日本民族・日本国籍の立場からかくづけしているのである。これが差別でなくて何であろう。

 このような使われ方をされて、侮蔑されたと感じられない李信恵の差別への鈍感さも信じられないことである。なお、そもそも野間が「私が在に朝鮮人として何をしているか」に口出しする権利がないことは言うまでもないし、私は自分の活動を全ては後悔していないので知るはずもない。

 「療養中ならTwitterで議論しようなんて思わない方が良いですよ。 碌なことが無いから」(原田裕史)

 他も似たり寄ったりながら、原田裕史は生粋の差別主義者だろう。反原発運動の右傾化路線を肯定した調歩運人であるにとどまらず、そのことを私に追求された時の捨て台詞がこれである。ここには悪辣な意図がこもっている。それは「相手は病気だ。病気だから相手の言うことは、無視して良い」というものである。

 相手の議論を封じ込める手段として最悪のものであろう。野間易通も「キチガイ」と言う言葉を多用する。、私は「キチガイ」とか「チョン(この言葉を書くのにも抵抗があるのだが))という言葉だけが、差別だと思って欲しくない。「療養中ならTwitterで議論しようなんて思わない方が良いですよ」とか、「日本国籍の匿名のクォーター」を貶める発言も(場合によってはもっと悪質な)差別である。

 「ほんとにご病気だとしたら、ツィッターはあまりよくない気が」(上瀧浩子)

 これはさんざん上で出た例だ。相手を病気認定することによって、相手の訴えを無効化する論法だ。それにしても不思議なのは、私が上瀧浩子さんに何かひどいを言ったことはないのに(ツイッターで相互フォローだったこともある)、このような考えに至る思考法だ。共産党系とも目される彼女ゆえだからだろうか。

 だが、冒頭で述べたように、私は反原発運動のナショナリズム化・ポピュリズム化に反対し続けており、スタンスを変えてはいない。

 「お薬の飲み忘れか」(KangKim)

 同じく。彼は医者だそうだ。


 これらの人々に共通するのは、まずもって本来は政治的意見の違いがもんだとなっていること、にもかかわらず相手を差別し貶めることで、「自分の意見は正しく、相手の意見は間違っている」とすることにあるだろう。また、おそらく自分は差別に反対していると信じていることでもあろう。

 だが、これらの人々は、最も卑劣で最も単純な種類の差別者である。

by BeneVerba | 2015-12-25 02:55 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 福岡県労働委員会と大月書店を相手にした行政訴訟は、控訴審へと移ります。この一〇月の下旬に控訴理由書を提出しました。第一回公判は、このニュースのおよそ二週間後の一一月一八日を予定しています。

 控訴理由書で特に強調した点がいくつかあります。一つは、先日のニュースにも書いたように、福岡県労働委員会の命令書が、単に組合の訴えを退けているだけでなく、大月書店が日の丸批判、反原連批判をやめるように言ってきたことは、問題なかったとしている点です。

 全くばかげています。「左翼出版社」から翻訳本を出している私が、日の丸を批判したからといって、売り上げに響くはずはありません。また、首都圏反原発連合という、大月書店とは何の関係もない(はずの)団体を批判したからといって、なぜ大月書店の岩下が気にするのでしょうか?

 もう一つ強調した点は、使用者と労働者の非対称性です。労働者性の問題、つまり、私が労組法上の労働者に当たるかどうかと言う問題で、争っていることはお伝えしました。ご存じの方も多いでしょうが、この問題はなかなか複雑なのです。

 今回は労組法の第一条にある、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」を目的とするという条文を前面に出して、団体交渉権はあるというような主張をしました。

 そもそも、福岡地区合同労組に労働相談を持ちかけたのも、日の丸や反原連を批判するなら翻訳契約はやらない、という一人では解決不能な無理難題を突きつけられたからです。

by BeneVerba | 2015-11-21 12:39 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 先日七月二九日に、福岡県労働委員会の決定取り消しを求める行政訴訟の判決が出ました。原告である福岡地区合同労組の訴えを棄却するというものでした。予想されたこととはいえ、つらい判決となりました。

 判決では、一通り双方の事実を認定した上で、あまり労働者性の議論には立ち入らず、単に労務対償性がないために、私には労働者性がないとしています。あっさりした、気の抜けるような判断です。

 それ以上のことは述べていないのですが、私がこだわるのは、その県労委の判断の内容です。そこでは大月書店からの人格侵害ともいえる要求を、業務上問題がないものとしているのです。この判断を地裁が支持していることになります。

 裁判所としては、団体交渉権を有するかどうかという点以外の判断は、避けたかったのでしょうが、そもそも団体交渉を行ったのは、大月書店が私に国民運動批判などをやめよ、という過大な要求をしてきたせいなのだから、こうした点についても汲み取ってほしかったと思います。

by BeneVerba | 2015-11-21 12:38 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 前回のニュースでお伝えしたとおり、労働委員会の決定取り消しを求める行政訴訟は、七月二九日に福岡地裁で判決が言い渡されます。正直に申し上げて、厳しい結果を予想しています。

 そもそも、二冊目の翻訳交渉時に、大月書店が「日の丸批判をやめないと翻訳契約はやらない」旨のメールをよこしたために、契約を得て言論の自由と民族の権利を失うか、それともその反対を選ぶかという苦しい判断を、私は迫られたのでした。

福岡県労働委員会の決定で許せないのは、団体交渉の権利を認めなかったことももちろんですが、もう一つ、反原発運動の国民運動化、右傾化などの細かい事情を考慮しないまま、大月書店の脅しを業務上何ら問題がないものとしていることです。

ついこの六月に開かれた福岡での反原発デモでも、日の丸を掲げる輩が登場したそうです。私は、ここ数年顕著に見られる、反原発運動やその他の運動のそうした国民運動化に、真剣に反対しています。

その理由はたくさんあるのですが、一つに、社会運動に参加しているのは、「普通の日本人」だけではないことがそうです。私のように日の丸に抗う他ない人々もまた参加していることも、忘れないでほしいと願っています。

by BeneVerba | 2015-11-21 12:36 | 意見 | Trackback | Comments(0)
 昨年九月一二日に、文京区本郷にある大月書店本社前で、全国争議団の仲間たちと、全国結集行動の一環として、社前闘争を行ってまいりました。大月書店に対しては事前に、この日に団体交渉申し入れに行くこと、そして、大月書店社長中川進が在社していることを、要求する要請文を送信しておりました。

 ずいぶん遅れた、闘争報告にて、申し訳ありません。

 この日、まず数名の人間で下見に行ったところ、なんとまあご丁寧なことに「団交拒否通知」が、大月書店本社ビルの正面玄関にでかでかと貼ってある始末でした。

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 言葉を交わさないうちから、緊張感が増す中で、私たち、福岡地区合同労働組合の仲間たちや、全国争議団の仲間たちが、シュプレヒコールを上げ、大月書店ビルの入り口に近づこうとすると、玄関のガラス戸を挟んで、社内に数名の人影が現れました。どうやら社員と思しきこの数名と私たちの間で、まずは言葉のやりとりがありました。

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 「団体交渉の申し入れをしたい。中に入れてくれ」「入れることはできません」といったやりとりが、数回にわたって繰り広げられました。玄関の社内部分にたたずむ数名は、「中川進と岩下結は在社しているのか」「そもそもおたくらは大月書店の社員なのか。名前は何というのか」と聞いても、一切何も答えず無言のままでした。

 そこでふと上を見上げると、二階部分にある、正面部分に向いて開いた小さめの窓から、ビデオカメラのみを差し出して、自らの姿を隠しながら私たちを撮影する輩が、いました。さらに、あろうことか、この撮影者は、私たちの「撮影やめろ!」という訴えに反応するように、私たちに対して指で「ファックユー」の仕草を何度もしていました。

 大月書店現編集部長岩下結は、私宛のメールで、自社のことを「伝統的な左翼出版社」と誇っていたのですが、そうであるならば、大月書店の犯した民族差別・思想差別に対して真摯に対応すべきでしょう。しかし、今回の振る舞いは、「伝統的な左翼出版社」にあるまじき、敵対者に対しては何をしても許されるという、倫理も何もあったものではない振る舞いでした。

 また、この社前闘争には、私が福岡地区合同労働組合とフリーターユニオン福岡という、二つの組合に加盟している関係で、フリーター全般労組からも、支援の人が駆けつけてくれました。その人は、「(ファックユーの仕草も含めて)これでは大月書店は、しばき隊と変わらない」という感想を漏らしていました。

 福岡県労働委員会での団交要求は、却下という不当な結果に終わりましたが、大月書店闘争は、志気も高らかに、まだまだ続いていきます。

by BeneVerba | 2015-01-09 23:56 | 労組 | Trackback | Comments(0)
e0252050_16545282.jpg これまでにもさんざん批判されてきた『マガジン9』(例えば民主党への過度の肩入れなど)が、「なぜ僕らは『ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会』を立ち上げたのか?」との題名で、「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」の事務局メンバーである岩下結らを採り上げている。

 本ブログの読者ならば既にご存知であるように、岩下は『ウォール街を占拠せよ――はじまりの物語』の出版後、私に対して「日の丸批判、反原連批判をやめて契約を取るか、それとも契約を失ってもいいのか」との脅しをかけた人物である。

 『マガジン9』の「なぜ僕らは『ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会』を立ち上げたのか?」(その2)が公開されたのを機会に、下記のコメントを投稿した。投稿時にはいくつか誤変換があったが、なお、この引用では修正してある。

 『マガジン9』編集部一同へ。私に対して民族差別を働き、いまだに謝罪をしていない岩下結を記事にて取り上げたことに、厳重かつ、満身の怒りを持って抗議する。この記事は私に対する差別の二次加害であるとともに、岩下の民族差別を免責するものであり、今なお継続中である、私の傷つきながらの差別の告発を無効化するものであり、きわめて悪質と言わねばならない。

 私は、大月書店との間で『ウォール街を占拠せよ——はじまりの物語』の出版契約を結び、その仕事が終わった後で、日の丸を掲げるような反原発運動を批判している点をとがめられ、そのため、ろくに宣伝も行われず(そのことは岩下も認めている)、次に翻訳する書籍について内定状態にあったにもかかわらず、そのような批判をやめない限り、契約はやれないとの脅しを受けたのである。

 私は、日の丸の下に、差別され、殺され、犯され、言葉を奪われ、国籍を奪われた、朝鮮民族の一人である。大月書店の言うことに従って翻訳契約を取るか、民族としての尊厳を選ぶかで悩み苦しんだ末、私は朝鮮民族として、日の丸を肯定することはできないと突っぱねた。すると、契約を破棄されたのである。

 私に対する民族差別が回復していない段階で、岩下に荷担する貴紙の態度を厳しく問う。私は岩下からの直接の差別被害者であり、未だに差別の回復がなされていない。この差別記事について、私に対して貴紙の見解を回答せよ。


 コメントは承認制であるために、『マガジン9』編集部によって無視されることが考えられる。もし、賛同していただけるのならば、ぜひ、岩下結が私に対して取った態度は、まごうかたなき民族差別主義であること、私のコメントを承認すること、そのような岩下が事務局を努める「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」は眉唾物であることなどを、『マガジン9』の当該記事に対して、コメントしてほしい。

 岩下結よ、なぜ民族差別の第一人者であるお前が、「民族差別を憂慮することができるのだ?途方もない欺瞞である。しかし、私は、決して黙らされない。「黙らさせる」「沈黙を強いられる」ことは、差別の要素の一つであるからだ。私は、いつまでも闘い続けるだろう。できれば、ご支持をお願いしたい。


[抗議先]
  • 『マガジン9』フォーム
    http://www.magazine9.jp/contact/
  • 『マガジン9』記事、その一
    http://www.magazine9.jp/article/other/15485/
  • 『マガジン9』記事、その二
    http://www.magazine9.jp/article/other/15666/
  • ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会
    https://www.facebook.com/antifapublishing
  • 大月書店フォーム
    http://www.otsukishoten.co.jp/contact/
    *ぜひ、これらのページに岩下と『マガジン9』の責任を問うコメントをお願い申し上げます。民族差別を受けると言うことは、劇的な痛みなのです。

    *おまけ。
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    [追記]
     その後、上記コメントとほぼ同一の文面を、『マガジン9』あてに送付した。対応(無視も含む)の如何によって、同誌のスタンスが問われるであろう。

  • by BeneVerba | 2014-11-13 16:31 | 意見 | Trackback | Comments(0)
     大月書店の民族差別・思想差別・言論弾圧事件(大月書店が私に働いた仕打ちはこれらの要素を持っています)、及び団交拒否による不当労働行為事件に対し、支持を表明してくださるみなさまに対して、報告いたします。
     
     福岡地区合同労働組合の組合員である私は、福岡県労働委員会において、実質的な団交拒否を続ける大月書店に対して、昨年より不当労働行為に対する救済を申し立てていました。この度、福岡県労働委員会は、私の労働者性を認めず、不当にも救済申し立てを棄却しました。
     
     しかし、重要なのは、今回否定されたのは私の労働者性であって、大月書店が民族差別などを働いたかどうかではない、ということです。
     
     「実質的な団交拒否」というのは、私の居住地も組合の所在地も福岡県であるのにも関わらず、大月書店は、福岡地区合同労働組合からの要求書に対し、あくまでも会社所在地である東京での団交開催に固執し続けたことです。
     
     こうした「実質的な団交拒否」を不誠実団交と言い、労組法では不当労働行為として定めています。
     
     福岡地区合同労働組合は、やはり本社が福岡ではなかったサン・パートナーの係争において、「福岡での団交開催」命令を獲得し、これは中央労働委員会を経て、既に命令が確定しています。
     
     大月書店は、当初、私たちの組合の要求に対して、東京開催という条件付きでしたが、団交には応じると回答書を送っていたのです。しかし、労働委員会に救済申し立てを起こすと態度を翻し、合理的な理由も述べることなく、「撤回する」としました。
     
     団体交渉というのは、使用者の側に対して弱い立場にある労働者が、団結することで交渉力を獲得しようとするものです。ですので、組合が交通費その他を負担して、遠隔地である会社の所在地で団体交渉を開くことは、団体交渉の趣旨から言って、本末転倒なのです。
     
     また、私は、民族的・思想的なアイデンティティを捨てて、大月書店の指示に従うか、それとも、それらのアイデンティティを守って、翻訳契約を失うかという、非常に困難な立場に立たされたのですが、そうした困難は独力では解決できません。
     
     今回の福岡県労働委員会の今回の判断は、不当であると同時に、非常に保守的なものでした。
     
     労働委員会という場では、「労働者性」を判断するに当たって、労働基準法研究会「労働基準法の『労働者』の判断基準について」や労使関係研究会「労働組合法上の労働者性の判断基準について」といった辺りに示された判断基準が、デファクトスタンダードとなっています。
     
     私たちの組合では、「労働者」概念をより広くとった、革新的とも言える川口美貴『労働者概念の再構成』(2012年)を武器として、労働委員会で主張しました。
     
     また、前述のように大月書店事件は、民族差別、思想差別、言論弾圧としての性格も持ち合わせています。この点についても、労働委員会という場ながら、人権の問題として、ある程度は主張することができました。
     
     労働者性を判断する学説が複数あるのだから、それを踏まえて判断されるべきであるとの主張を、労働委員会にて展開したのですが、福岡県労働委員会の命令書には、私たちが特に念入りに述べたこの主張すら、触れられていません。あくまで、従来通りの基準に則った判断を下しました。
     
     それにまた、「労働者性」が争点として挙げられたのは、労働委員会が大月書店側の主張に引きずられたものです。労働委員会は、労組法に「労働者が団結することを擁護」するものとして定められているのだから、その点も不当であると言えます。
     
     大月書店側が、特に私の労働者性に焦点を当てた主張を展開した理由としては、団体交渉となれば、民族差別などが問題とならざるを得ないために、それを回避し、会社のメンツを守るためだと考えられます。
     
     今後の手続きとしては、中央労働委員会に再審査を請求するか、地方裁判所に行政訴訟を起こすかという二つの道があります。
     
     不当な棄却命令が出たところで、今後も闘い抜いていく決意に変わりはありません。それどころか、ますます闘う決意を強くしております。今後とも、ご支持のほどをよろしくお願いいたします。

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    by BeneVerba | 2014-08-16 17:43 | 情報 | Trackback | Comments(0)