*福岡市民救援会の通信紙に発表したものを、少し加筆修正したものです。福岡市民救援会の総意などではなく、私個人の意見です。

 今にはじまったことではないが、現天皇である明仁を持ち上げる風潮が続いている。特に、退位の意向を述べた「おことば」とやら以降、感銘を受けたという人々が、知識人なども含めて、一定数いるようだ。もとより天皇制とそれが生み出す時代区分(端的には「元号」)からは、離れて生きたいと願ってはいるが、来年に予定されている代替わりの前に、あらためて焦点が当たっている「象徴天皇制」というものについて、若干の批判を試みたい。

 とはいえ、紙幅の上でも、私の体力的にも網羅的な批判は難しい。ただ、現時点で私が考えていることを、この機会に自由に述べようとしているだけである。それゆえに、本稿の題名を「覚え書き的象徴天皇制批判」とした次第である。

 また、用語について述べておくと、現行の天皇制を「象徴天皇制」と呼ぶことには、いくらかの疑義がなくもない。大日本帝国憲法下の天皇制もまた、象徴的な機能をも持っていたと考えられるからである。とはいえ、既にこの言葉はある程度使われている言葉であるし、ここではそれに従うことにしようと思う。

 さて、明仁が称揚されているのは、裕仁と比較してのことであると考えられるが、まずはそこに嘘があると思う。少しばかり個人史的に振り返るのを許してもらうと、裕仁が死んだのは学生時代のことであり、それなりに年齢を加えた今、明仁が生前退位(この言葉はマスメディアから消えてしまったが)して、徳仁に代替わりしようとしているわけである。

 裕仁が死んだ時、私はただの学生で特に政治的ではなかったが、それでも「ああ、ついに戦争責任を取らせることなく死なせてしまったな」と思ったものである。別な言い方をすると、天皇裕仁という存在が戦争責任を取らないままであったことは、濃淡の差こそあれ、一定の範囲で共有されていた認識ではないかと思うのだ。ザ・タイムズの記者に質問されて、裕仁が「そういう言葉のアヤについては、私は文学方面はあまり研究もしていないので、よくわかりません」と答えたのは、あまりにも有名である。

 日本人(あるいは日本社会)は、裕仁に戦争の最高責任者としての責任を取らせないまま、「自然死」させたわけである。私は「戦争責任を追求する責任」もまた、「戦争責任」の一種ではないかと思う。「戦争責任」の頂点にあるのが裕仁だとしても、日本人たちには「戦争責任を追求する責任」があったはずである。ということは、裕仁が戦争責任を果たさなかっただけでなく、日本人たちもまた戦争責任を(やや異なる意味でだが)果たさなかったということだ。

 そして、その二重の無責任の上に成り立っているのが、明仁という存在である。称揚できるはずもない。ところが、承知のように、人々はそのようには考えなかった。むしろ、裕仁のような「疚しさ」のない、「平和の象徴」として明仁を歓迎したのだった。例えば、近年は安倍政権への反対が一つの大きな課題となっているが、「安倍は悪いやつだが、天皇は平和を愛しておられる」などといった類いの言葉を聞いたのは、一度や二度ではない。これでは、裕仁について「天皇陛下は悪くない。軍部に騙されておられる」と言うのとそう変わりはしない。

 そのようなことを考えていたところ、数日前には裕仁の侍従長の日記に、裕仁が戦争責任について漏らした言葉が書かれているというニュースが広まった。それらを伝えるマスメディアの論調には、はっきりそうとは書かれてはいないものの、「昭和天皇は、戦争責任を痛感しておられる良心的な方だった」というニュアンスがこもっていた。これにはさすがにあきれた。明仁が持ち上げられてきた(それが欺瞞であることは既に書いた)のは、裕仁と比較してのことだったはずである。ところが、今度は裕仁についてすら歴史を改編しようというのだろうか。

 とはいえ、このような動向(それを私は承知していないわけだが)には、一定の根拠があると思う。一言で言えば、人々は先に述べたような意味での戦争責任(「戦争責任を追及する責任」)を、果たさなかった自分たちを許したいのだと思う。より大きな視点から見れば、戦後の日本というものを「平和と民主主義」の時代として、自己のイメージを改変していってるのだろうと思う。その意味で、天皇とは日本人の無責任の象徴であり、ナルシシズムの拠り所であろう。

 それゆえ、天皇制に反対することには、少なくとも二つの側面があるのではないかと思う。一つは、もちろん、裕仁に戦争責任はあることやそれを果たさなかったこと、あるいは明仁もその上にあること等といった事実を訴えていくことである。もう一つは、先に述べたような歴史の歪曲と闘うことである。

 そのような歴史の歪曲は、日本社会の没論理性と没倫理性に由来すると考えられる。そうした悪い意味での融通無碍さと闘う者は、おそらくは必然的に「世間」から孤立することだろう。「なぜ天皇制に反対する必要がある?無害じゃないか」とか、「変なことを訴える人々」だとか。だが私はそこで、ぜひみんなで「孤立」しようじゃないか、「世間」というやつから降りようじゃないか、と言いたいのだ。なぜなら、そうすることではじめて連帯の可能性が生まれるであろうし、それが増すだろうからだ。

 また、これはもっと一般的な抗議活動などにも言えることではないだろうか。デモをやったりする時には、ふだん生活者・消費者として生きている世界から降りて、もっと根源的な個人としての自分の尊厳を基板として、活動しているのだと考えられる。そしてまた、そのように「世間」に流されずに、自分の中にあるモノサシに従って行動する者は、「世間」からは孤立してしまうものなのだ。

 裕仁の死の際には、強烈な「自粛ムード」があったが、来年の代替わりに対しては、今のところ歓迎的なムードが基調となっている。二つは対照的に見えて、どちらも悪質なものだと思う。この傾向は来年に向けて強くなっていくことだろう。

 私は世代的に言って、「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉に、特段の思い入れはない。だが、私が誰かと連帯できるとしたら、上に述べてきたような意味で「孤立」している人々だろうと思う。それに従って言えば、さしづめ「孤立を求めて連帯を恐れず」ということになろう。

 日本社会を変えようとする闘いは、個別のイシューへの取り組みであるとともに、その没論理性と没倫理性との闘いでもあるのではないだろうか。みな、「世間」から降りてもっと孤立するべきだ。そういう人が増えるほど連帯の可能性も大きくなるだろう。そのことを繰り返して、本稿を終えたい。

# by BeneVerba | 2018-09-26 07:26 | 意見 | Trackback | Comments(0)